【ロシアW杯】13歳でマドリーの勧誘を蹴った“セレソンの至宝”ネイマールのルーツは?

カテゴリ:ワールド

沢田啓明

2018年06月17日

6歳の時に訪れた転機。

いまやセレソンで唯一無二の存在となったネイマールはいかにして形成されたのだろうか。 (C) Getty Images

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 本名ネイマール・ダ・シウバ・サントス・ジュニオールは、1992年2月5日、サンパウロ州の都市モジ・ダス・クルーゼスで生まれた。父親はかつて中小クラブを渡り歩いたプロフットボーラーだった。ただ、大きな成功は収められず、一家は決して裕福ではなかった。

 ネイマールは歩けるようになるとすぐに父親からサッカーの基本技術を叩き込まれ、 一日中、近所の子どもたちと広場やストリートでボールを蹴っていた。この時のことを父親は、「とても明るい子で、ボールに触ってさえいれば幸せそうだった」と話す。

 転機は6歳のときだった。サントスやレアル・マドリーで活躍した元ブラジル代表FWのロビーニョを発掘したフットサル指導者ベッチーニョの目に留まった。同氏は出会った時のことを次のように振り返る。

「(ネイマールの)父親が出ていた草サッカーの試合を見に来ていたんだ。スタンドの階段を上り下りして遊んでいたのが彼だった。その動きが実に滑らかでね。当時からジンガ(身体をリズミカルに動かすブラジル人特有の動き)を身に付けていた」
 

 以来、ネイマールはベッチーニョのチームに入り、テクニック、創造性、状況判断力を磨いた。

 かつてペレやジット、カルロス・アウベルトら名手がプレーした名門サントスFCに、ネイマールがスカウトされたのは11 歳のときだった。まずはフットサル・チームに入団し、翌2004 年にクラブの下部組織 (U-13)へ加わり、フットサルとサッカーを掛け持ちで練習するボール漬けの日々を送る。「とてつもなく上手い子がいる」と、その頃からすでにクラブ関係者の間で評判だった。

 逸材ぶりを示すエピソードが、13 歳の時の出来事だ。R・マドリーから招待されて練習に参加すると、U-13の紅白戦で大活躍。「家族全員で(スペインに)移住しないか」とR・マドリーから勧誘された。だが、「まだブラジルにいたい」という本人の意向でその誘いは断った。

 14歳でフットサルをやめてからはサッカーに専念。この頃から父親のかかわり方も変わった。それまで勤めていた地元の水道局を退職し、息子のすべての練習と試合に付き添ってアドバイスを送るようになっていった。
 
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