サッカーはケンカ祭りのようなもの――セルジオ越後

SNSではBB騒動ばかりがクローズアップされた千葉-徳島戦。現場で試合を見た人以外に、清武の華麗なドリブル突破&絶妙スルーパスから青森山田高卒のルーキー高橋がプロ2得点目を決めたことを知る人はどれだけいるだろうか。(C) J.LEAGUE PHOTOS
千葉と徳島の一戦で発生した「ボールボーイ騒動」。私も現場で観戦していたが、この騒動でふと思い出した言葉がある。
「サッカーはケンカ祭りのようなものなんですよ」
発言の主は、お馴染みのセルジオ越後さんだ。
サッカーはケンカ祭り。その意味するところは、スタジアムは世知辛い浮世を忘れて本能を解き放つ場所、多少のいさかいはつきものだということだ。
騒動の主役となったふたり、ボールボーイと徳島の馬渡はどちらも悪人ではない。
仮にボールボーイが故意にボールを返すのを遅らせる意図があったとしても、これは決して悪いことではない。19冠王者、鹿島のボールボーイはとても訓練されている。それとなく上手くホームチームに配慮している。
一方、チャンスを迎えた徳島の馬渡が、「早くしろ」と腹を立てる気持ちも理解できる。小突いたのは余計だったが、これについては退場という処分がなされた。十分だ。
サッカーはケンカ祭り。この騒動は勝ちたい一心で少し行き過ぎてしまっただけのことだ。大騒ぎすることはないだろう。
この騒動で改めて思うのは、ネット社会の怖さである。SNSの普及で、だれもがニュースを発信し、評論する時代になった。悪くいえば、1億総監視社会だ。こうした社会では些細な出来事が瞬く間に増幅されて、炎上する。
こうした社会では、人々は委縮する。
サッカー選手も例外ではない。リスクを負うことを無意識のうちにためらうようになるだろう。そうなったら、サッカーはつまらなくなる。
育成も同様。スクールでは大人が「ミスを恐れるな」とこどもを指導しているが、「世間をお騒がせしました」と頭を下げる大人たちを見て、こどもはリスクを冒そうと思うだろうか。
「サッカーはケンカ祭りのようなものなんですよ」
発言の主は、お馴染みのセルジオ越後さんだ。
サッカーはケンカ祭り。その意味するところは、スタジアムは世知辛い浮世を忘れて本能を解き放つ場所、多少のいさかいはつきものだということだ。
騒動の主役となったふたり、ボールボーイと徳島の馬渡はどちらも悪人ではない。
仮にボールボーイが故意にボールを返すのを遅らせる意図があったとしても、これは決して悪いことではない。19冠王者、鹿島のボールボーイはとても訓練されている。それとなく上手くホームチームに配慮している。
一方、チャンスを迎えた徳島の馬渡が、「早くしろ」と腹を立てる気持ちも理解できる。小突いたのは余計だったが、これについては退場という処分がなされた。十分だ。
サッカーはケンカ祭り。この騒動は勝ちたい一心で少し行き過ぎてしまっただけのことだ。大騒ぎすることはないだろう。
この騒動で改めて思うのは、ネット社会の怖さである。SNSの普及で、だれもがニュースを発信し、評論する時代になった。悪くいえば、1億総監視社会だ。こうした社会では些細な出来事が瞬く間に増幅されて、炎上する。
こうした社会では、人々は委縮する。
サッカー選手も例外ではない。リスクを負うことを無意識のうちにためらうようになるだろう。そうなったら、サッカーはつまらなくなる。
育成も同様。スクールでは大人が「ミスを恐れるな」とこどもを指導しているが、「世間をお騒がせしました」と頭を下げる大人たちを見て、こどもはリスクを冒そうと思うだろうか。