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好きなサッカーとプロキャリアを畳み、こだわりの藍染で広げる小さな希望【日本サッカー・マイノリティリポート】

カテゴリ:連載・コラム

手嶋真彦

2025年04月14日

燃えるアマゾンの熱帯雨林。あの日が人生の分かれ目に

21年1月に染め師としての第一歩を踏み出した品田。職業柄、その指先は青く染まっている。

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 前編で紹介したとおり、不遇でも好きなサッカーを続けて道を切り開いた品田彩来(あやき)は、なぜ急に、予定よりも早くプロ選手を辞める決断を下すのか。後編も大きなテーマは環境問題だ。絶望や無力を感じながらも、新たな取り組みで小さな希望を広げようとしている藍染師(あいぞめし)の思いやイメージを共有したい。

――◆――◆――

 2020年1月1日。年が明けてまだ間もない深夜。バルセロナのモンジュイックの丘は、大晦日(おおみそか)からの年越しイベントに訪れた大勢の人で賑わっていた。新年の挨拶がスペイン語で飛び交っている。

「フェリス・アニョ・ヌエボ!」

 英語の「ハッピー・ニュー・イヤー」だ。しかし本当にハッピーなのか。人類が向かっているのは、終末への断崖絶壁なのではないか――。

 品田彩来にそう思わせたのは、新年を迎えるカウントダウンに合わせて再生された、プロジェクションマッピングの映像だ。2019年に起こった出来事が、筒状の大きなスクリーンに次々と映し出され、なぜか最後が大規模な森林火災の映像だった。

 アマゾンの熱帯雨林が燃えている。

 品田の胸に込み上げてきたのは、悲しさや絶望にも似た感情だ。

 大気中の二酸化炭素を吸収し、地球温暖化などの気候変動を抑えているアマゾンの熱帯雨林は、この惑星の心臓であり肺でもあると言われている。南米に位置する世界最大のそのCO2吸収源が、2019年に大きく焼失したのを品田は知っていた。知っていたからこそ、熱帯雨林焼失の現実を突きつける映像が品田の心に突き刺さったのだ。地球の心肺が完全に停止している忌まわしい未来が、ぼんやりと浮かび上がってくるほどに。
 
 人生の大きな分かれ目となったあの日から、品田はどのような経緯を辿り「元プロサッカー選手の藍染師」と呼ばれるようになるのだろうか。地球環境問題を強く意識する品田の新たな取り組みは、いまはまだ無力な足掻(あが)きのようにしか映らないかもしれない。しかし、誰かが足掻こうとしなければ、どんな変化も起こせないのではないだろうか。

 アマゾン大火の映像に大きな衝撃を受けたあと、品田は自分がどうやってビジャレアルの自宅に帰り着いたのか、よく覚えていない。ただ、ハッピー・ニュー・イヤーという挨拶を交わしながら断崖絶壁へと向かっていく人々の間で、人知れず違和感を覚えていた記憶は残っている。自分だけでもこの場で立ち止まりたい。できれば踵(きびす)を返したいと。

「このままだともう本当に(地球は)ダメだろうなと思いました。自分のその気持ちを無視したまま、生きていってもいいのだろうかと。わたしにとってはサッカーも大きなものでしたし、プロキャリアをまだ続けていける道筋も見えていましたから」

 ビジャレアルでの練習再開後も品田の迷いは続き、どうしてもサッカーに身が入らない。自問自答を10日か2週間ほど繰り返すと、少なくとも30歳まで続けるつもりにしていたプロ選手を27歳で辞めることにした。プロキャリアの最後となった試合にフル出場し、チームも勝利を収めたが、2019年までとは違って、もはや嬉しさは感じなかった。

 スペインから日本に帰国した当初の品田は、アメリカの大学院へ進む道を思い描いていた。そんなある日のこと、祖母から草木染(くさきぞめ)の話を聞かされる。草木や花や果実など自然界の天然素材から色素を抽出し、それを染料として繊維に色を定着させる日本古来の染色技法だ。

 品田は伝統的な藍染の技法を教えてくれる人を探し出し、教わり、2021年の1月には実践しながら技術を磨いていこうと、染め師としての第一歩を踏み出した。縁もゆかりもなかった土地に工房を構え、ニューヨークのセミプロチームで一緒にサッカーボールを蹴っていた仲間が最初の依頼主となってくれた。藍で染めたそのTシャツを取っ掛かりとして、少しずつ数珠繋(じゅずつな)ぎのように仕事が広がっていく。2024年には世界的なファッションブランドからの依頼で、ポロシャツなどの限定コレクションを提供するコラボレーションがかたちとなった。

 元プロサッカー選手という異色の経歴も手伝い、メディアから声がかかる頻度も増えた。国際的なファッション雑誌のトークショーに呼ばれ、日本の伝統文化を紹介するNHKの番組にも取り上げられる。しかし、だから何なのだと、真っ直ぐな品田のまなざしは訴えかけていた。自分がメディアに登場するだけで、地球環境問題が解決するはずはない。2020年の元日に嬉々としながら断崖絶壁へと向かうマジョリティに背を向け、踵を返した品田が、心のなかでマイノリティならではの孤独や絶望を感じていたのだとすれば、そこから生まれた切なさや虚(むな)しさもまだ消えていないはずなのだ。

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