天才肌のプレーヤーは時に冷遇されることもある。
鳥栖がFC東京のホーム、味の素スタジアムに乗り込んだ一戦。開始1分、鎌田大地はいきなり魅せた。
右サイドでボールを受けると、ゴール前にクロス気味のパス。惜しくも味方に合わなかったが、確かなセンスを感じさせるプレーだった。
後半にもセンターライン付近から右アウトサイドでスルーパス。チャンスにならなかったが、これまたあのロベルト・バッジョを彷彿とさせるプレーだった。
左肘関節後方脱臼から復帰したばかりで本調子になく、「左肘もまだ痛い」と言っていた鎌田も、55分に交代するまでいくつか光るプレーを見せた。
鎌田の“怖さ”は、FC東京の監督・城福浩氏のコメントからも分かる。
「豊田選手へのロングフィードの対応は徹底してやった。ポストプレーが出来てヘディングも強いFWがいて、そこの周りに選手が入ってくるというチームはACLを含めてこれまでも対戦してきている。むしろ鎌田選手をフリーにした時のほうが怖さはあった」
確かに、鎌田が交代した後の鳥栖には創造性の欠片もなかった。最前線の豊田がほぼ完璧に抑え込まれ、チャンスらしいチャンスは最後まで作れなかった。コンディション的にフル出場はできなかった側面があったとはいえ、結果的に鎌田の交代は痛かった。
唐突ながら、鎌田には特別な才能がある。ボールタッチ、パスセンス、状況判断などを見ても、天賦の才と感じる武器があるのだ。それは決して努力だけでは身に付かないものである。
しかし、そうした天才肌のプレーヤー(本人はそう呼ばれることを否定するかもしれないが)は時に冷遇されることもある。
かつてイタリアの至宝と謳われたロベルト・バッジョもそうだった。特別な才能があるが故に、チームの戦術にフィットしない──。アリーゴ・サッキ監督の下、イタリア代表の一員として臨んだ94年アメリカ・ワールドカップのノルウェー戦での交代劇が、最たる例だろう。
前半、イタリア代表のGKジャンルカ・パリュウカがペナルティエリアの外でハンドを犯し、退場処分を受けた結果、サブのGKを入れる代わりに“犠牲者”となったのが、R・バッジョだった。交代を告げられた彼が、「俺が?」と自らを指さすシーンはあまりにも有名だ。
右サイドでボールを受けると、ゴール前にクロス気味のパス。惜しくも味方に合わなかったが、確かなセンスを感じさせるプレーだった。
後半にもセンターライン付近から右アウトサイドでスルーパス。チャンスにならなかったが、これまたあのロベルト・バッジョを彷彿とさせるプレーだった。
左肘関節後方脱臼から復帰したばかりで本調子になく、「左肘もまだ痛い」と言っていた鎌田も、55分に交代するまでいくつか光るプレーを見せた。
鎌田の“怖さ”は、FC東京の監督・城福浩氏のコメントからも分かる。
「豊田選手へのロングフィードの対応は徹底してやった。ポストプレーが出来てヘディングも強いFWがいて、そこの周りに選手が入ってくるというチームはACLを含めてこれまでも対戦してきている。むしろ鎌田選手をフリーにした時のほうが怖さはあった」
確かに、鎌田が交代した後の鳥栖には創造性の欠片もなかった。最前線の豊田がほぼ完璧に抑え込まれ、チャンスらしいチャンスは最後まで作れなかった。コンディション的にフル出場はできなかった側面があったとはいえ、結果的に鎌田の交代は痛かった。
唐突ながら、鎌田には特別な才能がある。ボールタッチ、パスセンス、状況判断などを見ても、天賦の才と感じる武器があるのだ。それは決して努力だけでは身に付かないものである。
しかし、そうした天才肌のプレーヤー(本人はそう呼ばれることを否定するかもしれないが)は時に冷遇されることもある。
かつてイタリアの至宝と謳われたロベルト・バッジョもそうだった。特別な才能があるが故に、チームの戦術にフィットしない──。アリーゴ・サッキ監督の下、イタリア代表の一員として臨んだ94年アメリカ・ワールドカップのノルウェー戦での交代劇が、最たる例だろう。
前半、イタリア代表のGKジャンルカ・パリュウカがペナルティエリアの外でハンドを犯し、退場処分を受けた結果、サブのGKを入れる代わりに“犠牲者”となったのが、R・バッジョだった。交代を告げられた彼が、「俺が?」と自らを指さすシーンはあまりにも有名だ。