マインツは、３か月ごとに、世界中から新聞や雑誌を手に入れている。世界にはどんな興味深い選手がいるか、そしてその選手がマインツにとって役に立つ選手を知るためだ。
 
　何か月か前、マインツは日本からの情報を得た。若き攻撃的選手、FC東京の武藤嘉紀が、新たな日本のスターになりそう、というものである。マインツの首脳陣は早速、日本代表のテストマッチをテレビでチェックし、武藤に好印象を持った。
 
　そして、その代表マッチに出場していた岡崎慎司が戻ってくると、チームマネジャーのクリスティアン・ハイデルは「この若い選手について君はどう思う？」と聞いた。
 
　岡崎の答えは、「“ヨッチ”は今、日本で一番良い選手」というものだった。
 
　この後、リサーチが始まる。マインツのスカウトは、武藤の出場した複数の試合を90分間通して見た。マルティン・シュミット監督とハイデル・マネジャーは、それを編集したDVDで見て、武藤が様々な状況においてどういう動きをするか、フィジカル的、戦術的、技術的にどうかをチェックした。
 
　さらにその後、クラブが信頼を置く人間が、直にJリーグの試合を何試合か視察。こうして、マインツが武藤について知りたかったこと全てに答えが出た。そしてハイデル・マネジャーは、日本をよく知る代理人、トーマス・クロートに連絡を取った。
 
　この頃、チェルシーをはじめ、ドイツの他のクラブも興味を持っていた。チェルシーは武藤個人には一度もコンタクトを取っていなかったが、FC東京に550万ユーロのオファーを書面で届けていたという。
 
　これを知った瞬間、ハイデル・マネジャーは考えた。「チャンスをモノにするには、私が武藤本人にコンタクトを取らなくてはならない」と。そして５月に東京へ飛び、あるホテルの一室で、武藤にマインツのサッカー哲学を説明した。この時、武藤はマインツに大きな関心を示していたという。
 
　ハイデル・マネジャーの持った武藤の印象は、「自立し、自信に溢れた、インテリジェントな人間で、欧州のトップリーグでも十分にやっていけるはず」というものだった。
 
　武藤は早々とマインツを選んだ。しかしFC東京が、より高い移籍金を得ることができるチェルシーの方を好んでいたこともあり、クラブ間の合意に達するまでには少し時間がかかった。
 
　そして７月９日、マインツはようやく、コファス・アレーナのメディアルームにて武藤の入団会見を行なう段階までこぎ着けた。ハイデル・マネジャーはこの席で、心のなかの高い期待を抑え、冷静にこう語った。
 
「岡崎はマインツへ来る前、シュツットガルトで２年の経験を積んでいた。それが、マインツでの適応をかなり楽にした。しかし武藤にとっては、これが海外での初めの一歩だ」
 
　しかし、会見前日に初めて武藤が練習に参加した際（クラブは休ませようとしたが、早朝にメディカルチェックを通った後、すぐに練習に参加することを彼が希望した）の印象では、比較的早くスターティングメンバーに名を連ねそうである。それほど、彼のフィットネス、走力、スピード、ドリブルは素晴らしかった。