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【あの日、その時、この場所で】川淵三郎/中編 独裁者合戦のゴングが鳴ったパーティー会場

カテゴリ:Jリーグ

増島みどり(スポーツライター)

2019年11月01日

「渡邉さんはJリーグの理念を広めて下さった真の恩人」

渡邉氏への感謝も口にした川淵氏。独裁者合戦のおかげで確かな発信力を身に付けることができた。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

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 2人の発言が連日スポーツ新聞の一面を賑わしていたこの頃、「夜討ち朝駆け」など無縁だった川淵の自宅(千葉)前にも、大勢の記者が集まった。マスコミとの立ち話などする機会はほとんどないプロスポーツ団体のトップに対し、川淵流は常に記者とコミュニケーションを取る。こうした対比も、新しいスポーツのリーダー像を広めた要因だったのかもしれない。記者たちも、野球とサッカーのプロとしての違いを知れば知るほど、積極的に発信した。

 また、対立が報道されたあと、様々な会合に出席する度に、思いもかけなかった大企業や有力団体の長から「川淵さん、応援しています」「何かできる支援はありますか」と声をかけられるようになった。変化、を感じる瞬間だった。

「大新聞社の社長と僕が、連日報道を賑わすなんて、社会的な立場でも年齢でも、本当はあり得ない対立構造だったでしょう。Jリーグはスタートしたばかり。本当に忙しい時期で正直、渡邉さんにもう批判はしてほしくない、と思ったこともあったけれど、批判されると理論武装をしっかりして、分かり易く世の中に知ってもらわなければ、と、渡邉さんのおかげで一層勉強し、発信力を身に付けようと燃えたのも事実だった。今になると、Jリーグの理念を広めて下さった真の恩人だった、と心から感謝しています」

 2018年に出版した自著「黙ってられるか」では、対談も実現した。渡邉は当時の「独裁者」をめぐって初めて「民主的に経営を行なうはずの新聞社トップが、独裁者と呼ばれるなんて、本当にえらい損を被った」と告白。独裁者と呼ばれても「不本意ではなかった」と振り返る川淵との違いが予想とは反対で、2人で笑い合ったのだという。
 

選手とも積極的にコミュニケーションをとっていた川淵氏。多方面から情報を聞き入れるスタンスで発信力を身に付け、Jリーグを発展させていった。写真:Jリーグフォト

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 実際に、戦いは2つのプロスポーツの対立ではなく「共闘」だった。05年以降、プロ野球は観客の実数発表に舵を切る。いち早く地域を球団名に入れた「千葉ロッテマリーンズ」に続き、地域密着を目標にホエールズは「横浜ベイスターズ」に改称し、03年に「北海道日本ハムファイターズ」が北海道へと移転し、04年には「東北楽天イーグルス」も創立されるなど、サッカーも野球でも地域密着、市民のための存在意義を追求する理念が共有されるようになった。

 くしくも18年シーズン、プロ野球は2555万719人、Jリーグは976万7611人、ともに史上最多の観客動員数を記録した。
 
 取材・文:増島みどり(スポーツライター)
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