【奥大介氏・追悼コラム】思い出される“大ちゃん”の原点と本質

カテゴリ:Jリーグ

寺野典子

2014年10月20日

思い出せば自然と笑みがこぼれてしまう――そんな選手だった。

奥大介/1976年2月7日-2014年10月17日(享年38)/Jリーグ通算280試合出場・62得点(1994-2007)/日本代表通算26試合・2得点/Jリーグベストイレブン3回受賞(1998、2003、04) (C) SOCCER DIGEST

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 先輩からは「大介」と呼ばれ、同世代には「大ちゃん」と呼ばれた。いつも奥の周りに集う若い選手たちは「大さん」と慕った。
 
 奥自身、不遇な時代を過ごしたからなのだろう。環境に恵まれなくても、立ち向かおうとする弱い立場の人間への気遣いを忘れない男だった。彼と若手との食事会に何度が参加した時のことを思い出す。
 
 ストイックさとは無縁に見える奥だったが、サッカーに対する甘えを若手に許すことはなかった。だから、出場機会に恵まれない不遇を嘆くよりも、「頑張ろう」と思わせてくれる。奥大介はそんな存在だったに違いない。そして、そういう厳しさを理解している人間だったからこそ、先輩たちにもかわいがられた。
 
「萎れて枯れかけていた僕に、フェリペがピュピュっと水を与えてくれたんですわ」
 
 心が折れそうになった時、誰かがそっと栄養を与えてくれた。奥には縁を引き寄せる不思議な力があった。それは彼自身が、縁を大切にしてきた人間だからだろう。自由気ままだけど、傍若無人さはない。実は細かい性格で、気配りの人でもあった。すぐに友だちを作る気さくな男だったが、初対面の人や記者や目上の人にはいつも敬語で話していたことを思い出す。
 
 そして、縁あってたどりついた宮古島で、奥大介の短い人生はあっけなく終わった。
 
 マラソン大会に出場する予定だったという。長距離走が得意だという話は一度も聞いたことがないし、どちらかと言えば、マラソンは奥とは縁遠い競技だと思っていた。いつも仲間と鼓舞し合い、支え支えられてきた奥が、黙々と走るなんて、と思わないでもない。
 
 けれど、宮古島の自然のなかで、一歩一歩と歩を進めながら、「めっちゃしんどいわ」と言いながらも、ランニングすることで新しい明日へと踏み出そうとする彼を想像すると、心が少し暖かくなる。きっとキラキラと輝く光を背に、走っていたに違いないと。
 
 しかしもう、彼の新しい姿を見ることは叶わない。
 
 高い技術を持った天才肌の選手だった。束縛を嫌い、自由奔放なプレーを好んだ。しかし、それだけでは結果を手にはできない。
 
 ステージ優勝7回、年間優勝4回。ナビスコカップ1回、ゼロックススーパーカップ1回。アジアクラブ選手権1回、アジアスーパーカップ1回。彼が現役時代に獲得した数々のタイトルが、彼の勝利へのこだわりを示している。プロとしてのプレッシャーと戦いながらの現役生活は、決して長くはなかった。自らが下した決断だとはいえ、選手という立場を離れたことを悔やんだ日もあっただろう。
 
 でもこれからは、ただただサッカーを楽しむことができるに違いない。その姿を目にすることはできないが、新しいピッチでボールと戯れ続けてほしい。
 
 訃報に触れたたくさんの方が、様々な言葉で奥大介を讃えている。そして、彼の遺志を継ごうという選手やサッカー関係者も多い。ゴシップ記事や憶測情報も飛び交っているけれど、彼のプレーを見、彼とともに戦った仲間、笑い合った人たちが分かってくれていれば、それでいい。
 
 奥大介が遺してくれたものを、明確に言葉にするのは難しい。でも、それが彼らしさなのかもしれないとも思う。彼を思い出せば、自然と笑みがこぼれてしまう。そんな選手だったから。
 
 大ちゃん、本当におつかれさまでした。よく頑張ったよ。そして、ありがとう。
 

文:寺野 典子(フリーライター)
 
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