負傷のセバジョスが札幌で検査を受けるのを断念した理由とは?
周知の通り、ダニ・セバジョスとオスカル・ミンゲサの両選手が初戦のエジプト戦の前半で交代。通常であれば翌日に検査を受けるところだが、サッカーチームは原則として選手村で行うことになっている。札幌でも検査を受ける方法はあった。しかし条件は、救急車で直行し、同伴者1人まで、時間は他の患者とかち合わない早朝に限定という厳しいもの。2人は選手村入りする26日まで待つという選択をしたのだった。
そのためセバジョスは、結果的に怪我の症状が分からない不安な気持ちのまま過ごすことになった。検査では心配されていた捻挫に伴う合併症は発見されず、これからリバビリを本格化させ復帰を目指す。
一方、ミンゲサの場合はそもそも怪我をしていなかった。彼は試合中に足に違和感を覚え、その変化を察知したチームメイトに勧められ、交代で退いた。しかし実際は何も異常は見つからず、検査までの数日間、安静に過ごしコンデイションを落とした分を急ピッチで取り戻さなければならない。
柔軟性を欠いたと感じられるケースは他にもあった。札幌ドームで控えの選手たちは観客席から戦況を見守ったが、問題は彼らにあてがわれた席がピッチから近すぎて全体が見えにくい場所だったことだ。
そのためセバジョスは、結果的に怪我の症状が分からない不安な気持ちのまま過ごすことになった。検査では心配されていた捻挫に伴う合併症は発見されず、これからリバビリを本格化させ復帰を目指す。
一方、ミンゲサの場合はそもそも怪我をしていなかった。彼は試合中に足に違和感を覚え、その変化を察知したチームメイトに勧められ、交代で退いた。しかし実際は何も異常は見つからず、検査までの数日間、安静に過ごしコンデイションを落とした分を急ピッチで取り戻さなければならない。
柔軟性を欠いたと感じられるケースは他にもあった。札幌ドームで控えの選手たちは観客席から戦況を見守ったが、問題は彼らにあてがわれた席がピッチから近すぎて全体が見えにくい場所だったことだ。
チームのコーディネーターは我われ報道陣が陣取っていた記者席に近い場所に移動できるよう関係者に掛け合ったが、急遽変更できないの一点張り。今回札幌ドームでの試合は無観客開催だ。少しくらい席を移動しても十分にソーシャル・ディスタンスを取ることは可能だったはずだが、結局許可を得ることはできなかった。
「選手村入りして、環境が変わった。とても有難いよ。長い間ホテルでの生活が続いていたから、違う空間を吸うだけでプラスになる。気分転換になるし、これでこれまでのルーティーンを断ち切ることができる」(ミケル・オジャルサバル)。
「選手村入りする日を楽しみにしていた。他の競技の選手と交流できるのはオリンピックの醍醐味の一つだしね」(バジェホ)
「ずっとこの日が来るのを楽しみにしていた。過去の五輪に参加したチームメイトから選手村の雰囲気について聞かされていた。食堂などで交流したい。一生に一度の経験になる」(アセンシオ)
選手たちもこう口を揃えて歓迎するように、選手村入りしていよいよ五輪モードが高まったかのようだった。もちろんセバジョスとミンゲサが大事に至らなかったこともチームにとっては朗報だった。この選手村を拠点に“ラ・ロヒータ”は金メダルを目指して戦っていく。
文●セルヒオ・サントス(アス紙五輪代表番)
翻訳●下村正幸
「選手村入りして、環境が変わった。とても有難いよ。長い間ホテルでの生活が続いていたから、違う空間を吸うだけでプラスになる。気分転換になるし、これでこれまでのルーティーンを断ち切ることができる」(ミケル・オジャルサバル)。
「選手村入りする日を楽しみにしていた。他の競技の選手と交流できるのはオリンピックの醍醐味の一つだしね」(バジェホ)
「ずっとこの日が来るのを楽しみにしていた。過去の五輪に参加したチームメイトから選手村の雰囲気について聞かされていた。食堂などで交流したい。一生に一度の経験になる」(アセンシオ)
選手たちもこう口を揃えて歓迎するように、選手村入りしていよいよ五輪モードが高まったかのようだった。もちろんセバジョスとミンゲサが大事に至らなかったこともチームにとっては朗報だった。この選手村を拠点に“ラ・ロヒータ”は金メダルを目指して戦っていく。
文●セルヒオ・サントス(アス紙五輪代表番)
翻訳●下村正幸