せっかく購入したチケットが無効になってしまったブルーノが、それでもわざわざローマまで足を運んだのは、EURO開幕の空気を呼吸したいと思ったからだという。
「スタジアムで試合を観たいと思っていたからすごく残念だった。代わりに準備された街中のファンゾーンやスポンサーゾーンに人が集まって『密』な状態になっているのを観るとなおさらね。避けるべきはむしろこっちじゃないのかと思ったりもするけど、集まって騒ぎたい気持ちは自分も同じだから良くわかるよ」
とはいえ、ローマの街の盛り上がりも散発的なものでしかないというのは確かだ。EUROのようなビッグイベントが本来もたらすであろうそれと比べると、物足りなさがあることは否めない。通常は記者たちでごった返しているはずのメディアセンターも、開幕戦の前日から当日の午後にかけて、ほとんど人気がなかった。
ローマの女性市長ヴィルジニア・ラッジが、ポポロ広場に設置されたファンゾーン「フットボール・ビレッジ」のオープニングイベントで謳った「復興の翼」も、今のところ大きく羽ばたくところまでは行っていないのが現実だ。
コロナウイルスがもたらしたパンデミックの恐怖はまだ完全に去ったわけではなく、イタリア政府が段階的に進めている行動制限の緩和は、観光都市ローマで暮らす人々に不安をもたらしているという側面もある。
モンティ地区のパレルモ通りにあるホテルのオーナーによれば「今出している宿泊料金は、通常のハイシーズン料金の25~30%でしかありません」とのこと。
「経済活動の再開は簡単ではありません。廃業してしまった同業者も少なくない。今開けていること自体がひとつの賭けですからね」
ポポロ広場のフットボール・ヴィレッジから近いトラットリア『イル・ブーコ・ディ・リペッタ』の店員もそれに呼応する。
「パンデミック以前は、毎晩80席が満席でしたが、今日は35席を埋めるのがやっとですよ」
パンデミックの恐怖はまだ完全に去ったわけではない
そんな状況だけに、ローマのレストランオーナーや商店主たちは、トルコとの開幕戦でイタリアが説得力ある戦いを見せ、3-0の勝利を収めたことを心から喜んでいる。イタリアが勢いに乗って勝ち進めば、ローマの地にもさらなる活気が戻ってくるという期待があるからだ。
大会を主催するUEFA、それをサポートするイタリア・サッカー連盟、会場となるローマ市、そしてマスメディアは、この大会を大きく盛り上げることを通じて、ヨーロッパ全体がパンデミックを克服して再スタートを切るきっかけにしたいと考えている。
「イタリア代表の躍進は、この国全体に希望の灯をともしてくれるはずです。ここローマの街には、そんな空気が確かに流れている」
ブルーノは私との会話をそう締めくくった。
取材・文●アレックス・チスミッチ(text by Alex CISMIC)
翻訳●片野道郎(translation by Michio KATANO)