ピッチだけでなく、スタンドでも罵詈雑言が飛び交っていた。例えば、ひいきのチームに不利なジャッジをした主審に対し、「家に奥さんは一人で待っているんだよな? 娘もいるんだっけ?」などと脅迫のヤジが飛んだ。信じられない言葉だが、あくまでオブラートに包んだ表現である。90年代に入っても、その乱暴さは変わらなかった。
圧倒的な人間臭さによって、サッカーは成立してきた。全身で勝負にかける様子は、熱狂を生み出すことになった。戦場が人々を興奮させ、サッカーを人気スポーツにしたのだ。悪辣とは言え、生々しい勝負の中に一瞬の輝きがあった。
今はそんな無法は許されないし、重く裁かれるべきで……。
「メッシは確かにすごい。しかし、あの時代を生き延びることができただろうか?今の時代で良かったね」
70年代までアトレティコ・マドリードやビルバオなどでプレーしたハビエル・イルレタが洩らしていたことがあって、意味深長だったのを覚えている。
文●小宮良之
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。