微笑みの国の西野監督【タイ代表監督就任後初の独占インタビュー】

カテゴリ:国際大会

増島みどり(スポーツライター)

2020年02月20日

タイ料理の弁当手配に奔走、マネージメントや言葉の壁もやりがいに

W杯アジア予選でタイ代表を躍進させられるか。西野監督はチームをひとつにまとめるうえで「郷に入れば郷に従え」というスタンスが大事だという。写真:Getty Images

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 選手の大きな進歩を実感して臨んだ決勝トーナメントを前に、いつものように練習場に行くと、ずっと設置していたはずの非公開用のシートが撤去されていたという。決勝トーナメント進出を予想していなかった協会には、先の先、を準備しておく余力がなかったからだ。環境はなるべく変えないほうが選手にも負担は少ない。しかし同じホテルの空き部屋では個室や2人部屋を確保するのは難しいと説明され頭を抱えていると、「監督、タイの選手はむしろ4人部屋のほうがワイワイできるので大歓迎なんです」と言われ、「エッそうなの?」と驚く。

 G大阪で、あるいは日本代表で、監督が、選手が何人部屋かを心配する必要がないし、日本代表ならW杯でも決勝進出まで想定し、移動、ホテル、練習場、スケジュール、すべてチームスタッフの完璧なオーガナイズで動いている。

 昨秋、東南アジア最大のスポーツの祭典とされる「SEAゲームス」が行なわれ、西野は自分で開催地、フィリピンの環境をチェック。スタジアムへの移動のほか、食事の手配など難しい面があると想定してタイ料理のケータリングを準備するようスタッフに伝えていた。

 フィリピンに出発する際、空港で大勢の記者に囲まれ、抱負を聞かれた。優勝か、メダルか。しかし「大切な選手を、まずはクラブに無事にお返しすることだ」とだけ答えていた。試合以前に厳しいアウェーになると分かっていたからだ。

 日本サッカーがメキシコ大会以来28年ぶりとなる五輪復帰も、ましてW杯出場も叶えていなかった1990年代、代表に大型スポンサーなど付かずに苦労した時代がある。

 アトランタ五輪を目指す代表を率いた西野は、条件の厳しいアジア、中東での試合ではアウェーに到着するなり、選手のミネラルウォーターを確保するためスタッフと町中を走り良質な水をかき集めた。指導者としての「原点」とも、初心ともいえるそんな経験もタイで活きた。仕事は増えるが不満はない。64歳のチャレンジャーは「タイでの仕事にやりがいを感じている」と言い切った。
 
──選手との関係を築く大前提として、通訳を挟んでのコミュニケーションは如何ですか?

西野 それはもう思った以上に難しくて、言葉の壁は厚い。通訳は日本企業で働いた経験がとても長く、サッカーもよく知っていて本当に優秀です。日本代表では2人の通訳が付いて、ハリル(ホジッチ監督)をサポートしていました。ハリル監督の意図を深いところまで伝える意味もあって、通訳がともに互いのチェック機能をも発揮してくれるような形を取ったんですが、タイにはそんな余裕はないので、とにかくお前の通訳を信じているからと言っている。ピッチで、今ここで伝えたいと思う瞬間、通訳は違う場所にいたり、今はひとりで考えたいと思うと、ものすごく近くに立っていたり、距離感がなかなかうまく取れないのは、まぁお互い様ですが。

──9月のベトナム戦で会見に出ましたが、大変だと思いました。何か工夫をされていますか。

西野 W杯の歴代優勝国はすべて、自国の監督だったという事実はとても重いし意味があるんだろうね。勝負の分かれ目ともいえる厳しい瞬間、1対1で、ミーティングで、自分たちのDNAをぐっと掴むような言葉がかけられるかどうか。それが問われる。彼とはミーティング前にミーティングをして、きょう自分が伝えたいと思っている内容をあらかじめ伝えておいて、こういう単語、こんな表現、サッカーのこの用語はタイ語にできるか? と確認はしている。ピッチで試合中ダイレクトにかける言葉はまだまだ難しいけれど、できるだけシンプルなワードを選ぶよう心掛けている。

──たとえ試合中でも、プロでも、人前で批判をしてはいけない、そういう慣習だそうですね。

西野 そうなると、途端にやる気をなくしてしまうらしい。人前で恥ずかしい思いをさせられた、そういう感覚になるそうだ。だから細かい点は、個人面談、1対1の状況で説明するようにし、伝え方も細かく考える。君には技術はある。だからこの選択よりも、こちらの選択のほうが、その技術をより効果的に発揮できると思う、そんなふうに。

──伝えた、ではなく、伝わったかどうか、これを外国語で丁寧に詰めていくのは大変ですね。日本語だって難しい。

西野 オレはオレのスタイルでタイのサッカーを動かせる、そういう簡単なものではない。選手との関係だけではなく、タイサッカー全体の環境整備も自分の仕事。優秀な人材は多いので、彼らを連携させて組織も強くしないといけない。代表のテクニカルダイレクターは誰になるのか? それからチームドクターも、タイでは医者が公務員のために日本のような形での帯同は難しいようだが、勝利のためにもそこをきちんと考えないと選手のサポート体制が整わない。

──分析スタッフなどは?

西野 最初は不在だった。今はスタッフが分析ビデオを作ってくれるようになった。日本ならば、個人用にチーム用、長所強調ビデオとミスを強調するものと、色々なパターンがすぐに出来上がってくる。勝つために必要な色々な役割も伝えて、彼らの目標でもある東南アジアのリーダーとして、2026年W杯への初出場への足掛かりを作れたらと願っている。そのためのサッカーナショナルトレーニングセンターの建築など、様々なプロジェクトを立ち上げている。ライバルのベトナムも育成部門で力を付けているし、これからを目指す勢いある国で仕事ができることには、本当に感謝しています。
 
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