微笑みの国の西野監督【タイ代表監督就任後初の独占インタビュー】

カテゴリ:国際大会

増島みどり(スポーツライター)

2020年02月20日

13の微笑み、と、ただ1つの微笑みの理由

日本でインタビュー取材に応じた西野監督。タイでの代表監督業について興味深い話をしてくれた(取材は2月6日)。

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 インタビューに指定された部屋のドアを開けると、西野朗(64歳)が「おー、久しぶり!」と、笑顔で右手を差し出し、立ち上がった。

 昨年9月、タイ代表監督として2022年カタールW杯2次予選をホームでのベトナム戦でスタートさせたときに、大冒険への情熱をたぎらせていた様子とはまた違う。まるで周囲を包み込むような力を持つ笑顔が印象的だった。「微笑みの国」タイで過ごした半年間で、自然と身に付いたのだろうか。

 監督は首を振って笑った。

「微笑みの国といっても、その微笑みにはね、13も意味があるんだそうだよ。ドライな笑みもあれば、冷たい笑みもあると教えてもらった。会長含め、スタッフ、タイの方々に本当に良くして頂いている一方、仕事となると難しい面もある。まずは彼らのやり方を受け入れる。そこから、自分の考えを表現するようにしている」

 数々の現場を共にくぐり抜け気心の知れたスタッフは同行せずに日本を経った日、「郷に入りては郷に従う」と言った。あの日から、日本でのJ1最多勝利270勝も、どん底で就任したロシアW杯での16強進出も、栄光のキャリアはどこかにしまったままだ。

 1月、森保一監督(50歳)が率いるU-23日本代表は、グループリーグを突破できずに「U-23アジア選手権2020タイ」から帰国。一方タイは、バーレーン、オーストラリア、イラクと対戦するため、不可能と予想された8強に進出した。初めての国で、初のキャリアにも関わらず半年で結果を導いた秘訣とは、マネージメントやリーダー論といったノウハウ以上に、「まずは受け入れる」そのシンプルな姿勢に集約されていたのかもしれない。

 タイでいわれる13の微笑みには入っていなかった。しかし「受け入れる」──そういう包容力を示す笑みもある。違いに驚き、戸惑うがそれも楽しみ、周囲を包み込み、どこか安心感さえ与える。タイで監督が身に付けた笑顔なのだろう。
 
─—バーレーン、オーストラリア、イラクと戦って初の8強進出、監督は可能だと思っていたのでしょうか。

西野 それは、もちろんかなり厳しいとね。ただし、チームには特徴があって、それをどううまく出せるかな、とも考えていた。タイの選手はなぜかとても仲が良いというか、よくまとまっていて、これがマイナスに出ると、仲良しこよし、で終わってしまう。でももし、プラスに変えられれば、強い団結心、結束力を生み、ホームの後押しで何かやれるんじゃないかとも思っていた。初戦のバーレーン戦の5-0から団結心がいい方に動き出し、おっ、もしかしたら自分たちにもやれるんじゃないか、そんな気持ちが生まれたように感じた。

──タイ監督になって半年、異文化、選手のタイプ、組織、言葉、色々な壁はあったと予想します。これほど早く結果が出るとは。

西野 文化というより、サッカーの現場でしょうね、大きな違いは。例えばアジア選手権の際、監督がミーティングをして、さぁピッチへ送り出すぞ、という時に会長がロッカーに激励に来る。とても有難いんだけれど、会長が選手に、みんな頑張ってくれ、きょうゴールを挙げたら……とボーナスを約束する。日本だったらどう?

──田嶋会長が試合直前に、しかもミーティングでボーナスですか……想像できない。

西野 でしょう? プライドを持つ彼らは、そういうとき、今から戦おうっていうロッカーでやめてくれよ、オレたち日本代表はそんなことのためにやっているんじゃない、と反発するに違いない。だから、スタッフに、選手が集中するロッカーでこういうのはどうだろう、やめてもらったほうがいいんじゃないかと聞いたら、いや監督、選手はこういうのを心から喜んでいます、すごく集中します、と言われ……じゃあ、まぁいいか、とね。

──まずは受け入れるわけですね。

西野 しようがないよね、喜んでいるって言われれば。でも裏を返せば、それほど協会は今大会には期待していなかったんだね、強い相手ばかりだから。そこで、こういうのはきょう1回にして下さい、とお願いして、協会も分かったと承諾してくれたはずなんだけれど、ベスト8がかかった最終戦のイラク戦前も、またもロッカーに……。

─—監督の表情が目に浮かびます。それにしても、どうやって強豪ばかりのリーグを突破し8強進出を果たしたんでしょう。

西野 今大会、選手が変わったと強い手ごたえを感じたのは、突破をかけて勝点を取りに行ったイラク戦だった。タイの選手は本当にもの静かで、監督の話を黙って聞いている。就任してから、選手とまず個人面談をするようにしていて、そこで色々な意見を聞くと、とてもよく話すし、主張もする。ところがミーティングで色々な話をして、最後に、みんなのほうから何かあるか? 戦術でもなんでも言ってくれ、と聞くと、黙ってうなずいている。これが日本代表だったら、どうなる? もう右から左から、バンバン質問やら意見が飛んでくる。

—─あの選手とか、あの選手とか……。

西野 そう。大勢の前で、個人を名指しで叱ったり、注意してはいけない、といった文化も大事にしなくてはならないけれど、タイでの半年間で手をあげて質問をしたのはただ1人、ティーラトンだけだった。横浜マリノスではこういう風に言われていますが……と。日本代表ほどじゃなくてもいいから、自分が考えるサッカーをもっと、もっと強く出して欲しいと言い続けてきました。

─—それがイラク戦では変わった?

西野 先制して(1-0)戻ってきたハーフタイムのロッカー、選手同士が大きな声で鼓舞し合っていたり、議論したり、このまま勝とう、行けるぞ、といった強い空気を自分たちで作り出していて、これは一歩進んだかな、と思えましたね。普段のロッカーの雰囲気も本当に日本とは正反対。監督が何か言葉を発するまで、レガースも外さず、スパイクの紐だって解かず、汗びしょびしょのユニホームのままじっと座っているんだから。まったく、ヤット(G大阪・遠藤保仁)に、その様子、見習わせたいんだけれどね。

─—ハハハ、懐かしそうですね。ハーフタイムにシャワー浴びるなんて。でも、監督はそういう選手も認めていた。

西野 選手はこんなに違うと改めて認識させられた。でもあのイラク戦で、たとえ自分たちよりも実力が上であっても、結束して、球際で粘って、最後まで諦めずに戦い抜こう、そういうチーム力というものをそれぞれが実感できたのは大きかった。VARでPKだから悔しい引き分けだけれど。

──ファンからはニシノコールが湧きましたし、ホームで大変な盛り上がりでしたね。

西野 オレの写真入りだったり、タイ語で何か書いてある、見たこともないようなTシャッスを着ているファンやジャーナリストに盛んにサインを求められて、ところでこれって、どこで売っているの? とね。ホームの声援をむしろプレッシャーに感じてしまうかもしれない、と心配するほどおとなしい選手たちが、自分たちで力を発揮したのは本当に大きな一歩。声援には感謝しているけれど、まだ始まったばかりだから。
 
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