そもそも彼が昨季、ボランチのポジションをとれなかったのは、守備に問題を抱えていたからだ。攻撃的なプレーを好む若きＭＦは、守備に対して能力相応のプレーを見せることができていなかった。いやそれは、磐田移籍前からそれほど変化のない部分だったのかもしれない。
　
　昨季の２節・浦和戦で逆転勝ちの要因となった「仕掛ける」プレーは、明白な成長を見せていた。しかし、城福監督は守備のインテンシティにおいて青山敏弘と稲垣祥を信頼し、川辺はより守備負担が軽いサイドハーフからの攻撃に期待した。もちろん、柏のような役割を与えられたのではなく、サイドからスタートして攻撃の時は自由に。それが指揮官の意図だったのだが、経験したことのないポジションに対する大きなストレスを若者は感じていた。

「ポジションがセンターラインから外れるとは、思ってもいなかった。ポジションは関係ないと思おうとしても、身体が動かない」
　
　大好きだったサッカーだったのに、トレーニング場に行くことすら苦痛になっていた時期。移籍という選択肢もゼロではなかった。だが、その川辺の苦しみを救ってくれたのが、昨年引退したレジェンド・森﨑和幸だったのだ。

「カズさんは、みんなが一緒にプレーしたいと願うほどの偉大な選手。そのカズさんが体調不良から復帰した時、話を聞いてくれたんです。お風呂とかクラブハウスとかで。ずっとカズさんは僕のことを見てくれていたんで」

　特別な言葉をもらったわけではない。しかし、かつてボランチからストッパーにコンバートされ、苦しみぬいた経験を持つ偉大な先輩に話を聞いてもらったことで、若者の気持ちは軽くなった。
 

　昨季の30節・清水戦から先発に復帰した後、川辺の雰囲気が少し変わったのは、決して気のせいではない。それまでの彼は「チームは負けたけれど、自分のプレーは悪くなかった」という意味の言葉を口にすることが少なくなかった。それはもちろん、敗戦をネガティブに捉えるのではなく、前向きに思考しようという発想。

　悪くはない。

　だが、今の彼は「チームを勝たせることが、自分の一番の価値」と語るようになった。「自分が良いプレーをやっていたとしても、勝利につながらないと物足りない」と。「自分よりも仲間であり、チーム」という概念は、森﨑が何よりも優先してきた思考回路。その信念が、川辺にシンクロしてきたと言っていい。

　チームスポーツのサッカーにおいては当然とも言える概念かもしれないが、「上にいきたい」「アピールしたい」が底辺にあるプロの世界においては、意外に蔑ろにされがちだ。チームよりも個人が優先とまではいかないが、「負けたけれど自分は」という発想はどこかに存在する。そういうモノと無縁だった広島のレジェンドの発想は、広島育ちの若者に受け継がれつつある。
　
　思えば森﨑和幸という選手がボランチでフルに活躍していたシーズンは、広島も結果を残している。2008年の破壊的なＪ２優勝。12年・13年・15年の優勝も、森﨑の好調がチームを勝利に牽引した。プレーそのものは地味だったかもしれないが、彼の存在そのものがチームのアドバンテージとなり、勝利とタイトルを広島は手にしてきた。

「たとえキャプテンマークを巻いていなくても、カズさんはチームの心の拠り所でした。僕もカズさんのような存在になりたい」

　40番という磐田時代の背番号を自ら希望し、心機一転で臨んだ。ユース時代の盟友・野津田岳人の復帰と共に、広島の新時代を築くという意気込みもある。自分自身のサッカー人生、その全てをかけるようなプレシーズンからの川辺駿の姿が凝縮されたような58分の球際。それが、広島勝利の背景にある。

取材・文●中野和也（紫熊倶楽部）