炎天下のバラハス空港で巨大なトカゲが道を…
一方、現地での作業というのも、いまとは隔世の感があった。
原稿も写真も瞬時に送れるのが当たり前の現在とは違い、当時はパソコンもデジタルカメラも想像すらできなかった時代だ。試合が終わって宿舎に戻り、ひたすら原稿用紙のマス目を埋めた。だが、記事送付については幸い、この大会のオフィシャルスポンサーとなったキヤノンがファックスをメディアセンターに設置し、その恩恵にあずかることができた。それでも回線の状況などで上手く送れないこともあり、翌日に送り直し、なんてこともあった。
写真に関しては、3人のフォトグラファーが撮影したフイルムを航空貨物で送った。首都マドリードのバラハス空港近くの貨物会社に持ち込み、送付を依頼。最初は場所が分からず、40度近い炎天下で右往左往していたとき、アスファルトの上を日本では見たこともないような大きさのトカゲが横切っていたのを、妙によく覚えている。日本ではこのフイルムを一刻も早く受け取るため、わざわざ成田空港の通関会社まで足を運ばねばならなかった。
原稿も写真も瞬時に送れるのが当たり前の現在とは違い、当時はパソコンもデジタルカメラも想像すらできなかった時代だ。試合が終わって宿舎に戻り、ひたすら原稿用紙のマス目を埋めた。だが、記事送付については幸い、この大会のオフィシャルスポンサーとなったキヤノンがファックスをメディアセンターに設置し、その恩恵にあずかることができた。それでも回線の状況などで上手く送れないこともあり、翌日に送り直し、なんてこともあった。
写真に関しては、3人のフォトグラファーが撮影したフイルムを航空貨物で送った。首都マドリードのバラハス空港近くの貨物会社に持ち込み、送付を依頼。最初は場所が分からず、40度近い炎天下で右往左往していたとき、アスファルトの上を日本では見たこともないような大きさのトカゲが横切っていたのを、妙によく覚えている。日本ではこのフイルムを一刻も早く受け取るため、わざわざ成田空港の通関会社まで足を運ばねばならなかった。
そんなバタバタも、いまは懐かしい思い出。30年以上前の労作を見返すと、現在の『サッカーダイジェスト』や『ワールドサッカーダイジェスト』の多彩な企画、豊富な情報、緻密な作りと比べてアナログ臭がぷんぷん。編集者のひとりとしては冷や汗の出る想いだが、それでも現在まで続くワールドカップ詣での原点となったことは間違いない。
その一冊が復刻版となって、バックナンバーで手に入れることができるというのは嬉しいかぎりだ。
文●石川聡
その一冊が復刻版となって、バックナンバーで手に入れることができるというのは嬉しいかぎりだ。
文●石川聡