これまでの試合同様、キックオフのタイミングでハーフウェーラインにフィールドプレイヤー10人が並んだ。後方へバックパスを送り、廣末のロングキックを合図に攻撃陣が一気呵成に前に出るはずだったが、普段ならFWを近寄せないために必ずひとりはいるGKのガード役が不在。廣末がボールを蹴った瞬間にFW人見大地(3年)にブロックされると、そのまま青森山田のゴール方向に向かってボールが転がった。かろうじて、枠の外に転がり一命を取り留めたが、以降も肝を冷やすピンチが何度も続いた。
ただ、時間の経過とともに、選手の心は落ち着いていった。「監督から『観客が4万以上も入る中でプレーすると、自分の世界に入ってしまって周りが話す言葉が頭に入ってこない』と口酸っぱく言われていた。だから、自分の世界に入るのはなく、しっかり周りの話を聞こうと思っていた。仲間との話を耳に入れて頭に入れることで、物事を一点で見るのではなく、広く見ようと意識していた」(住永翔/3年)。
相手に押されることが多かった立ち上がりの20分間、住永を中心に「心は冷静にいよう」、「アタフタすると相手はここだと思って攻めてくるのでドンと大きく構えよう」など選手同士が会話を重ねて、平常心を保ち続けることで、失点を回避。すると、23分に訪れたファーストチャンスをMF高橋壱晟(3年)がきっちり決めて、苦しい流れを断ち切った。
「自分たちが苦しい時間帯での先制点なので、あの一点が大きかった」
そう廣末が振り返るように以降は、青森山田らしい多彩な攻撃を披露し、4ゴールを追加。終わってみれば、5-0という大差で悲願の日本一を達成できたのは、7年前に同じ舞台で流した先人たちの涙があったからだ。
取材・文:森田将義(サッカーライター)