強化部からの予想外の打診
11月、その日は公開練習が行なわれ、多くの取材陣が訪れていた。数日前にはチームを支え続けたGKチョン・ソンリョン、DFジェジエウの2025年限りでの契約満了が決まり、その声を誰もが聞きたがっていたのだ。
チョン・ソンリョンと長くともにプレーした安藤も取材陣に囲まれていた。安藤はいつものように寒空の下、いくつもの質問に真摯に答え、“ソンさん”とのエピソードを時には笑いを誘いつつ話し、その意志を受け継ぐ覚悟を示していた。その数時間後には青天の霹靂とも言える打診をされるとは微塵も考えていなかった。
「そうそう、(強化部との)面談があった日、公開日でしたよね。僕、皆さんに囲んでいただいて、ソンさんが退団することについて聞かれていたじゃないですか。多くの方が囲んでくれて、ソンさんとの思い出やソンさんの気持ち、魂を継いでいかなきゃいけないという話をさせてもらったと思うんです。それでお昼を食べた後に面談で、契約満了の話をもらったんです。
正直なことを言うと、『あれ、こういうのってもう少し前に話してくれるものじゃないの?』とは思いましたよ。それに2025年は例年よりも稼働でき、チームに貢献できていた想いもあった。だから上手く呑み込めないというのが率直な感想でしたね。
でも、強化部の方は同時に今後のレールを提示してくれたんです。『選手としての契約はありません。お疲れ様でした、今までありがとうございました』って言われていたら、冷静ではいられなかったと思います。ただ、一旦選手生活にはここで線を引いて、トップチームでの指導者の道はどうだと提案していただけたわけです。
自分のように長くやってはこられましたが、実績がない選手がそのままトップチームのコーチ職に就けることって、あまりなく、そこは本当にありがたい話でした。だからその時は『1日考えさせてください』と返答したものの、その時点でほとんど決心はできていたと思います。僕はあまり運命に逆らわないようにやってきたので、これも僕の運命だなと」
それでもロッカールームに戻ると“アンちゃんが契約満了になるわけない”と信じていたチームメイトやスタッフの姿があった。その人たちに自分の口から“引退”という2文字を伝えることは、その時はどうしてもできなかった。
「強化部の方と話した時はわりかしすっと話は入ってきたのですが、やっぱりロッカーに戻っていざ皆に話すとなるとなかなか言葉が出なかったですね。まだ認められない自分もいて...。なので会見でも話しましたが、(先輩の)アキくん(家長昭博)だけにはまず話そうと思ったのですが、泣いてしまって上手く伝えられずにいると『また明日で良いから』と、アキくんがそっと声をかけてくれました。そのあとはチームマネージャーのふたりとも話をしたという形でした」
帰宅後、妻にもストレートに伝えた。
「妻からは『まだ元気だし、他のチームでプレーすることも考えてもいいんじゃない?』とは言ってもらえました。でも、今回に限らず、妻とはそういう話をすることがあり、『自分はフロンターレで駄目になったらもう辞める』ってずっと伝えていたんです。だからそこは納得してもらいました」
そしてすぐに妻を車に乗せて両親のもとへと向かった。
「最終的に決断するのは自分ですが、ここまで産んで育ててくれた両親にはすぐ報告しなくてはいけないと思っていました。両親は意外と強がっていたと言いますか、気丈に振る舞ってくれていました。『それがあなたのタイミングだと思う』『人の縁とタイミングを逃したらダメだよ』『あなたはフロンターレとの縁が切れたらいけない』『それだけフロンターレにお世話になってきたんだから、今度はその恩をかえさないといけないよ』そういった様々な言葉をくれました」
チョン・ソンリョンと長くともにプレーした安藤も取材陣に囲まれていた。安藤はいつものように寒空の下、いくつもの質問に真摯に答え、“ソンさん”とのエピソードを時には笑いを誘いつつ話し、その意志を受け継ぐ覚悟を示していた。その数時間後には青天の霹靂とも言える打診をされるとは微塵も考えていなかった。
「そうそう、(強化部との)面談があった日、公開日でしたよね。僕、皆さんに囲んでいただいて、ソンさんが退団することについて聞かれていたじゃないですか。多くの方が囲んでくれて、ソンさんとの思い出やソンさんの気持ち、魂を継いでいかなきゃいけないという話をさせてもらったと思うんです。それでお昼を食べた後に面談で、契約満了の話をもらったんです。
正直なことを言うと、『あれ、こういうのってもう少し前に話してくれるものじゃないの?』とは思いましたよ。それに2025年は例年よりも稼働でき、チームに貢献できていた想いもあった。だから上手く呑み込めないというのが率直な感想でしたね。
でも、強化部の方は同時に今後のレールを提示してくれたんです。『選手としての契約はありません。お疲れ様でした、今までありがとうございました』って言われていたら、冷静ではいられなかったと思います。ただ、一旦選手生活にはここで線を引いて、トップチームでの指導者の道はどうだと提案していただけたわけです。
自分のように長くやってはこられましたが、実績がない選手がそのままトップチームのコーチ職に就けることって、あまりなく、そこは本当にありがたい話でした。だからその時は『1日考えさせてください』と返答したものの、その時点でほとんど決心はできていたと思います。僕はあまり運命に逆らわないようにやってきたので、これも僕の運命だなと」
それでもロッカールームに戻ると“アンちゃんが契約満了になるわけない”と信じていたチームメイトやスタッフの姿があった。その人たちに自分の口から“引退”という2文字を伝えることは、その時はどうしてもできなかった。
「強化部の方と話した時はわりかしすっと話は入ってきたのですが、やっぱりロッカーに戻っていざ皆に話すとなるとなかなか言葉が出なかったですね。まだ認められない自分もいて...。なので会見でも話しましたが、(先輩の)アキくん(家長昭博)だけにはまず話そうと思ったのですが、泣いてしまって上手く伝えられずにいると『また明日で良いから』と、アキくんがそっと声をかけてくれました。そのあとはチームマネージャーのふたりとも話をしたという形でした」
帰宅後、妻にもストレートに伝えた。
「妻からは『まだ元気だし、他のチームでプレーすることも考えてもいいんじゃない?』とは言ってもらえました。でも、今回に限らず、妻とはそういう話をすることがあり、『自分はフロンターレで駄目になったらもう辞める』ってずっと伝えていたんです。だからそこは納得してもらいました」
そしてすぐに妻を車に乗せて両親のもとへと向かった。
「最終的に決断するのは自分ですが、ここまで産んで育ててくれた両親にはすぐ報告しなくてはいけないと思っていました。両親は意外と強がっていたと言いますか、気丈に振る舞ってくれていました。『それがあなたのタイミングだと思う』『人の縁とタイミングを逃したらダメだよ』『あなたはフロンターレとの縁が切れたらいけない』『それだけフロンターレにお世話になってきたんだから、今度はその恩をかえさないといけないよ』そういった様々な言葉をくれました」
両親、家族は引退セレモニーのあとの姿のように、寂しさもあったはずだ。それでも背中を押してもらった安藤にとっての第2の人生。新たな挑戦に進む潔さ、そして周囲への気遣いもやはり安藤らしかった。
「やはりここまで面倒を見てもらったこのクラブのために働ける、しかもこれでまにでなかった新しいアシスタントGKコーチに就かせてもらえる喜びがあります。今のフロンターレの規模でキーパーコーチがひとりしかいないのは大変だと思いますし、貢献できればと思います。
(かつて名古屋で引退した楢崎正剛さんも引退後にアカデミーのコーチなどを経てアシスタントGKコーチに就いたが)あのクラスの方でもそういう形なのに、僕のような人間がいきなりトップのアシスタントGKコーチをやらせてもらえるなんて幸せなことです。一概には言えないですが、やっぱり引退後すぐにトップで役職をもらえる人ってなかなかいないと思うんです。だからこそこれも自分の運命で、また違った形でチームにの力になれれば良いという気持ちになりました。
一方で引退は大きな決断ですが、こんなにスムーズにいくものだとは思ってはなかったです。でも僕は道を示してもらえたことでスパッと決めることができた。他のクラブではプレーしないとも自分のなかでは決めていましたが、引退となれば多くの人は半年ぐらいかけて考えるところで僕は強化部との面談の翌日には返事をし、3週間ほどで一気にいろんなことが決まっていった。それで多くの方に報告させてもらいましたが、(車屋)紳太郎の引退セレモニーの話をしているところで、僕の引退も加わってしまい、急ピッチで準備してくれた広報などのスタッフの人たちには感謝しかないですね」
そういった様々な想いを抱えながら安藤は第2の人生へと挑んでいく。
第3回に続く。
取材・文●本田健介(サッカーダイジェスト編集部)
【インタビュー・パート1】川崎所属16年で公式戦出場は「10」。それでも愛され続けた安藤駿介が残した偉大な足跡
【インタビュー・パート3】「僕のようになって欲しくない」フロンターレ愛を貫き、新米コーチとなった安藤駿介が志す指導者像とは
【インタビュー・パート4】「クラブが沈むのはJ2に落ちた時じゃない」「うちのスタッフは日本一働いている」安藤駿介が伝え続ける伝統と疎かにしちゃいけないフロンターレの魂
「やはりここまで面倒を見てもらったこのクラブのために働ける、しかもこれでまにでなかった新しいアシスタントGKコーチに就かせてもらえる喜びがあります。今のフロンターレの規模でキーパーコーチがひとりしかいないのは大変だと思いますし、貢献できればと思います。
(かつて名古屋で引退した楢崎正剛さんも引退後にアカデミーのコーチなどを経てアシスタントGKコーチに就いたが)あのクラスの方でもそういう形なのに、僕のような人間がいきなりトップのアシスタントGKコーチをやらせてもらえるなんて幸せなことです。一概には言えないですが、やっぱり引退後すぐにトップで役職をもらえる人ってなかなかいないと思うんです。だからこそこれも自分の運命で、また違った形でチームにの力になれれば良いという気持ちになりました。
一方で引退は大きな決断ですが、こんなにスムーズにいくものだとは思ってはなかったです。でも僕は道を示してもらえたことでスパッと決めることができた。他のクラブではプレーしないとも自分のなかでは決めていましたが、引退となれば多くの人は半年ぐらいかけて考えるところで僕は強化部との面談の翌日には返事をし、3週間ほどで一気にいろんなことが決まっていった。それで多くの方に報告させてもらいましたが、(車屋)紳太郎の引退セレモニーの話をしているところで、僕の引退も加わってしまい、急ピッチで準備してくれた広報などのスタッフの人たちには感謝しかないですね」
そういった様々な想いを抱えながら安藤は第2の人生へと挑んでいく。
第3回に続く。
取材・文●本田健介(サッカーダイジェスト編集部)
【インタビュー・パート1】川崎所属16年で公式戦出場は「10」。それでも愛され続けた安藤駿介が残した偉大な足跡
【インタビュー・パート3】「僕のようになって欲しくない」フロンターレ愛を貫き、新米コーチとなった安藤駿介が志す指導者像とは
【インタビュー・パート4】「クラブが沈むのはJ2に落ちた時じゃない」「うちのスタッフは日本一働いている」安藤駿介が伝え続ける伝統と疎かにしちゃいけないフロンターレの魂
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