祐希は少し刺激するだけで次々にアイデアが溢れてきた。
小林祐希のプレーを初めて見たのは、近所の園庭だった。スクール主催の親子サッカーだったが、久々に身体を動かす危なっかしい大人たちの間を堂々とドリブルですり抜け、必ず狙いを完結させていた。
それだけで十分に天賦の才は見て取れたが、こうしたボール扱いを身に付けたエピソードに、また感心した。友だちと虚勢を張り合い「オレなんか、リフティング50回もできるんだぜ」と言い切った。口に出してしまった以上、後には引けないので、隠れて練習をしたのだという。
ちょうど愚息を入れるチームを探していた。祐希が所属する「サンデーSC」に通うのは少々大変だったが、こんな子と一緒にやらせれば良い刺激になるだろうと入会させた。そして実際に練習に行ってみると、教えているのがお父さんコーチだったので、僕も足を突っ込むことになったのだ。
たぶん祐希にとって、サッカーは最高の遊びだった。技量や運動能力がずば抜けているのは言うまでもないが、同時に少し刺激するだけで次々にアイデアが溢れてきた。
「ねえ、コーチ。遠くから(ゴールを)決めるのは難しいよね」
小学校に入りたての子どもだ。別に遠くから決める必要はない。でも諦めることもない。
「あれ? 祐希、リフティング得意だよな」
祐希が嬉しそうに駆け寄って来たのは、そんな会話を交した直後の試合を終えた時だった。
「ホントに出来たね!」
クロスボールをトラップで浮かせた祐希は、そのままボレーで叩いてミドルシュートを決めたのだ。まだパワーはなくても、浮き球を叩けばボールに勢いがつく。それを即座に実践してしまうのだから、ほのめかした僕のほうが驚いた。
抜け目のなさも群を抜いていた。東京都大会でのことだった。ペナルティエリアのわずかに外で笛が鳴る。危険地帯でFKを与えて、相手チームの小学3年生たちは動揺を隠せない。こんな時は、レフェリーが止めてボールを拾うものだと思っていたはずだ。ところが祐希は、さっさとボールをセットすると、インサイドでコロコロとゴールに流し込んでしまった。
祐希は、誰が見ても突出していたので、スクールの指導者は常にブレーキをかけていた。
「ひとりでやるな」
「おまえは、そんなところからシュート禁止」
だから僕は、そのブレーキを外した。
「なんでも好きなようにやれよ」
唯一指示を出したのは、最前線に配したのに、繰り返し最後尾まで守備に走った時だ。
「そこはもう少し任せてもいいんじゃないか」
祐希は別格のスピードで大人への階段を上って行った。特に感受性の成熟度合いが段違いだった。結局小学4年生になるタイミングで「サンデーSC」を去って行くのだが、在籍中に2度号泣している。
最初は2年時に初めて出場した公式戦で優勝した時だった。決勝戦で予想以上に苦戦を強いられ、ようやく勝ち切った時に、他の子が無邪気に喜ぶなかで、たったひとり重圧から解放されて泣いた。
2度目はサンデーの仲間にお別れの挨拶をした時だった。祐希は、自分でいろいろと調べて、将来を見据えて歩む道を決めた。
「悲しいけれど、僕はサッカーでもっと上に行きたいからお別れをします」
しかし周りの仲間たちは、不思議そうに囁き合っていた。
「オイ、祐希が泣いているぞ……。どうしたんだ」
勝利への責任を背負う。惜別の悲しみを乗り越えて我が道を進む。まだそんな種類の涙があることを知る子は、他にいなかった。
それだけで十分に天賦の才は見て取れたが、こうしたボール扱いを身に付けたエピソードに、また感心した。友だちと虚勢を張り合い「オレなんか、リフティング50回もできるんだぜ」と言い切った。口に出してしまった以上、後には引けないので、隠れて練習をしたのだという。
ちょうど愚息を入れるチームを探していた。祐希が所属する「サンデーSC」に通うのは少々大変だったが、こんな子と一緒にやらせれば良い刺激になるだろうと入会させた。そして実際に練習に行ってみると、教えているのがお父さんコーチだったので、僕も足を突っ込むことになったのだ。
たぶん祐希にとって、サッカーは最高の遊びだった。技量や運動能力がずば抜けているのは言うまでもないが、同時に少し刺激するだけで次々にアイデアが溢れてきた。
「ねえ、コーチ。遠くから(ゴールを)決めるのは難しいよね」
小学校に入りたての子どもだ。別に遠くから決める必要はない。でも諦めることもない。
「あれ? 祐希、リフティング得意だよな」
祐希が嬉しそうに駆け寄って来たのは、そんな会話を交した直後の試合を終えた時だった。
「ホントに出来たね!」
クロスボールをトラップで浮かせた祐希は、そのままボレーで叩いてミドルシュートを決めたのだ。まだパワーはなくても、浮き球を叩けばボールに勢いがつく。それを即座に実践してしまうのだから、ほのめかした僕のほうが驚いた。
抜け目のなさも群を抜いていた。東京都大会でのことだった。ペナルティエリアのわずかに外で笛が鳴る。危険地帯でFKを与えて、相手チームの小学3年生たちは動揺を隠せない。こんな時は、レフェリーが止めてボールを拾うものだと思っていたはずだ。ところが祐希は、さっさとボールをセットすると、インサイドでコロコロとゴールに流し込んでしまった。
祐希は、誰が見ても突出していたので、スクールの指導者は常にブレーキをかけていた。
「ひとりでやるな」
「おまえは、そんなところからシュート禁止」
だから僕は、そのブレーキを外した。
「なんでも好きなようにやれよ」
唯一指示を出したのは、最前線に配したのに、繰り返し最後尾まで守備に走った時だ。
「そこはもう少し任せてもいいんじゃないか」
祐希は別格のスピードで大人への階段を上って行った。特に感受性の成熟度合いが段違いだった。結局小学4年生になるタイミングで「サンデーSC」を去って行くのだが、在籍中に2度号泣している。
最初は2年時に初めて出場した公式戦で優勝した時だった。決勝戦で予想以上に苦戦を強いられ、ようやく勝ち切った時に、他の子が無邪気に喜ぶなかで、たったひとり重圧から解放されて泣いた。
2度目はサンデーの仲間にお別れの挨拶をした時だった。祐希は、自分でいろいろと調べて、将来を見据えて歩む道を決めた。
「悲しいけれど、僕はサッカーでもっと上に行きたいからお別れをします」
しかし周りの仲間たちは、不思議そうに囁き合っていた。
「オイ、祐希が泣いているぞ……。どうしたんだ」
勝利への責任を背負う。惜別の悲しみを乗り越えて我が道を進む。まだそんな種類の涙があることを知る子は、他にいなかった。