その明晰な頭脳は、異なるポジションで機能する高い万能性を生み出してもいるだろう。リーグ戦に先立って先発起用された今シーズンのＦＡカップで担った役割は、「ナンバー10」的なフリーロール。１月末のバーンリー戦(２-１)では、そのポジションでチームの両得点に絡んでいる。
 
　２軍に相当するＵ-21リーグでファンの関心を集めはじめた昨シーズン後半の持ち場は、１トップ。コンディション調整を目的としたジャック・ウィルシェアの出場が注目された昨年４月の一戦では、最終的に巧妙なチップキックを含むイウォビのハットトリックが話題をさらった。
 
　あれから１年、プレミアリーグのピッチでも確認された「賢いティーンエージャー」の台頭は、武者修行のレンタル移籍を避けてトップチーム登用を決めたヴェンゲルらしい判断の賜物でもある。
 
　残り７試合で11ポイント差を覆す逆転優勝は難しくなってきたものの、さらなる若い力も加わり、指揮官が「タイトル獲得と同等の価値」と表現するチャンピオンズ・リーグ出場権の獲得は、19年連続の実現が濃厚だ。
 
　同時に「育成賢者」のヴェンゲルにとってイウォビの出現は、またひとつ加わったトロフィーの形をとらない新たな勲章と言えるだろう。
 
文：山中忍
 
【著者プロフィール】
山中忍／1966年生まれ、青山学院大学卒。94年渡欧。イングランドのサッカー文化に魅せられ、ライター＆通訳・翻訳家として、プレミアリーグとイングランド代表から下部リーグとユースまで、本場のサッカーシーンを追う。西ロンドン在住で、ファンでもあるチェルシーの事情に明るい。