【ルーツ探訪】G大阪・米倉恒貴|CS決勝・第2戦はスタメン濃厚! 急成長を支えるのは少年時代から不変のひたむきさ

カテゴリ:Jリーグ

安藤隆人

2015年12月04日

とにかくサボらず、自分に厳しく高い意識を持って取り組む。

今年7月には日本代表にも初選出された。いまだ流動的なSBのポジションを掴めるか。写真:滝川敏之(サッカーダイジェスト写真部)

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 米倉と山崎はFC千葉なのはなの第1期生。タレント揃いだった当時のチームは、ジュニアユースの創設に伴い、高いレベルでの切磋琢磨を続けた。そうした日々を経て、米倉の心境にも変化が生まれたようだ。
 
「中学1年の頃から、身体ができてくるとともに、徐々に自信も備わってきた。中学2年時にはキャプテンをやって、リーダーシップも発揮していましたね」(縄田)
 
 もともとリーダー気質を有していた米倉だったが、小学校時代は身体が小さく、プレー面もどこか大人しかった。それが中学に上がって成長期に入ると、心身のイメージが噛み合い始め、自信の深まりとともに統率力も自然と身に付けていった。
 
 縄田の目にはその片鱗が見えていた。
「恒貴は罰ゲームでも一生懸命やる子でした。例えばミニゲームで負けて、スクワットやダッシュなどの罰ゲームが3回だとしたら、それ以上の5回、10回をやる。ラインまで走るような時も、足が届いた振りをするのではなく、必ずまたいで折り返す。とにかくサボりませんでした。これは昔指導に関わった福田健二(現・夢想駿其/香港)、玉田圭司(現・C大阪)、阿部勇樹(現・浦和)や羽生直剛(現・FC東京)も同じ。100メートルダッシュなどでも途中で力を抜かない。必ず最後までやり切っていた」
 
 練習では決して手を抜かず、常に自分に厳しく、高い意識を持ってやる。そうした姿勢が、成長の土台となったのは間違いない。
 
 中学3年時の2003年。高円宮杯U-15第15回全日本ユースサッカー選手権で3位と躍進した。一気に注目を浴びるFC千葉なのはなジュニアユース。なかでも米倉と山崎の名は関係者の知るところとなった。
 
 高校進学の際、彼らの元には強豪校やJクラブユースから複数のオファーが届いた。千葉の名門・市立船橋高と流通経済大柏高も含まれたが、彼らが選んだのはそのどれでもなく、県立の八千代高だった。
 
 同校は97年の選手権で羽生らを擁してベスト8に進出するなど、全国レベルの力を有していた。しかし、県内には市立船橋高と流通経済大柏高の2大勢力が存在し、この壁を打ち破って全国へ駒を進めるのは至難の業だった。
 
「市船、流経大柏を倒して全国に行きたい。そして、プロになりたい」
 
 米倉は確固たる決意とともに、八千代高を選択。FC千葉なのはなジュニアユースから同校に進学したのは、米倉と山崎を含めて6人だった。
 
「加入当初から、ものすごく意識の高い選手ばかりだった。特に米倉はキャプテンタイプでしっかり者。身体能力も高かったので、山崎と一緒に1年時からレギュラーで使いました」
 
 こう語るのは、当時、八千代高サッカー部の監督だった砂金伸。現在は県内の強豪校である習志野高で指揮を執っているが、米倉とは不思議な縁で結ばれていた。
 
取材・文:安藤隆人(サッカージャーナリスト)
 
※続きは11月27日発売の『サッカーダイジェスト』12月10日号にてご覧ください。
 

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