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松田直樹の背中を追って故郷のクラブに。「山雅の流儀」を伝え続けることが託された次なる使命【田中隼磨の生き様|後編】

カテゴリ:Jリーグ

元川悦子

2023年01月09日

「地方クラブの希望を示した」

松本では9シーズンにわたってプレー。熱心に応援してくれるファン・サポーターを「笑顔にしたい」との想いで戦い続けた。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

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 2013年時点の松本山雅には玉林睦実という走力抜群の右ウイングバックがいて、反町康治監督も重用していた。そのせいか、指揮官自身は隼磨の獲得に消極的だったとも言われる。そういったなかでも、本人は「どの監督のもとでも自分の存在価値を示せる」と自信満々で、新天地に赴いたのだ。

 思惑通り、2014年の隼磨は発展途上のチームをガラリと変え、プロフェッショナリズムをもたらした。どんな時もへこたれることなくハードワークを続け、規律や細部にこだわり、貪欲に勝利を追い求め続けた。まだ若手だった犬飼智也や山本大貴らは、百戦錬磨のベテランから容赦なく怒鳴られ続けたが、それによって一皮も二皮も剥け、堂々たるパフォーマンスを示すようになった。

 周囲は確実に変貌を遂げ、松本山雅は悲願のJ1切符を掴み取る。2014年11月1日、雨の博多の森(ベスト電器スタジアム)でアビスパ福岡を下して、J2の2位以内を確定させた時の歓喜は、隼磨自身も生涯、忘れることはないはず。“隼磨効果”は想像をはるかに超えるものがあったと言っていいだろう。
 
「当時の大月(弘士)社長や加藤(善之)GMに言われたのは、『山雅を勝たせてくれ』とか『J1に上げてくれ』ではなく、『アルウィンを満員にしてほしい』ということでした。そのためには、ファンやサポーターが求めるサッカーを披露して、みんなで一緒に戦う環境を作ることが最優先だと思った。練習に毎日来てくれる人たちに『一緒に戦いましょう』と言われるたびに、『この人たちを何とかして笑顔にしたい』という想いが日に日に高まっていったんです。

 当時の山雅は下手な選手の集団だったけど、トレーニングから120%の力を引き出し合うことができていた。『ここで生き残りたければ率先して動かなければダメ』という意識が自然と身について、全員が阿吽の呼吸で連動して動けるようになった。ソリさんがそういった『山雅の流儀』を植え付け、全員が高い意識を持って実践したからこそ、J1に上がれた。日本の地方クラブの希望を示したのかなと僕は誇りに感じています」

 反町監督とは2019年に退任するまで8シーズン共闘した。岡田武史、イビチャ・オシム、ストイコビッチといった名将たち以上に長い時を過ごしたことになる。指揮官は隼磨のプロ意識や献身的な姿勢を高く評価したが、2018年頃からは途中交代やベンチスタートを求めるケースも増加。2人が常に蜜月関係だったわけではない。

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