アンチェロッティのマネジメントは見事の一言に尽きる
後方ではダビド・アラバがセルヒオ・ラモスとラファエル・ヴァランヌの退団でチームが“未亡人”とならないようにDFラインを支える。クラックらしくどんな状況も淡々と対応し、リーダー特有の熱量も併せ持っている。入団1日目からマドリーのユニホームがしっくり馴染んでいたのは実力の証だ。
その傍らではエデル・ミリトンが全身バネのようなフィジカルを武器にすれ違う選手の突破をことごとく防ぎ、陸海空を問わず球際でのバトルを制覇する。今や彼の名前を叫ぶ声がスタジアム中にこだますほどだ。
もし何か問題が起こっても、最後尾にはティボー・クルトワが君臨する。彼もまた周囲の信頼を追い風に並外れたパフォーマンスを維持している選手の1人だ。
改善の余地があるとすれば、サイドバックだろう。立ち位置的にはダニエル・カルバハルとフェルラン・メンディがレギュラー格だ。しかし前者は能力の高さは折り紙付きだが、故障続きで安心感が落ちている。一方の後者は、前方のヴィニシウスの動きを把握しきれておらず、必要以上にスペースに侵入してしまっている。
【PHOTO】C・ロナウド、ネイマール、アグエロ、エジル、ポグバetc…世界的名手たちが誇るスーパーカーを厳選&一挙紹介!
その傍らではエデル・ミリトンが全身バネのようなフィジカルを武器にすれ違う選手の突破をことごとく防ぎ、陸海空を問わず球際でのバトルを制覇する。今や彼の名前を叫ぶ声がスタジアム中にこだますほどだ。
もし何か問題が起こっても、最後尾にはティボー・クルトワが君臨する。彼もまた周囲の信頼を追い風に並外れたパフォーマンスを維持している選手の1人だ。
改善の余地があるとすれば、サイドバックだろう。立ち位置的にはダニエル・カルバハルとフェルラン・メンディがレギュラー格だ。しかし前者は能力の高さは折り紙付きだが、故障続きで安心感が落ちている。一方の後者は、前方のヴィニシウスの動きを把握しきれておらず、必要以上にスペースに侵入してしまっている。
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もちろんこうした素材を真のチームと呼べるまでに機能させるには、適切に調理するシェフが必要だ。マドリーは非常に成熟したチームだ。したがって「干渉しすぎない」ことが指導者にとっては正解となる。
その点、カルロ・アンチェロッティ監督のマネジメントは見事の一言に尽きる。記者会見のたびに、コミュニケーションスキルの高さを示しているが、重要なのは言うまでもなく行動が伴っているかどうかだ。
アンチェロッティは戦術大国のイタリア出身で、現役時代にはアリーゴ・サッキ率いるミランの中心選手だった。つまり戦術が執拗に研究され始めたとき、彼はすでにその運用方法を心得ていた。
監督における知性の中には、物事を取捨選択する能力と選手をありのままの状態でプレーさせる懐の深さがある。むやみやたらに自分の色を出すことがあってはならない。
「カゼミーロ、クロース、モドリッチの3選手は、私が指示していないこともこともなげにやってのける。そこに私が入り込む余地はない」
何かと行き過ぎた思考が蔓延している昨今のサッカーにおいて、程よい物差しを見出し続ける智将、アンチェロッティの言葉である。
文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳:下村正幸
【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ/1955年10月4日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79~84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を2度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、2度のW杯(82年と86年)に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。
※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙に掲載されたバルダーノ氏のコラムを翻訳配信しています。
その点、カルロ・アンチェロッティ監督のマネジメントは見事の一言に尽きる。記者会見のたびに、コミュニケーションスキルの高さを示しているが、重要なのは言うまでもなく行動が伴っているかどうかだ。
アンチェロッティは戦術大国のイタリア出身で、現役時代にはアリーゴ・サッキ率いるミランの中心選手だった。つまり戦術が執拗に研究され始めたとき、彼はすでにその運用方法を心得ていた。
監督における知性の中には、物事を取捨選択する能力と選手をありのままの状態でプレーさせる懐の深さがある。むやみやたらに自分の色を出すことがあってはならない。
「カゼミーロ、クロース、モドリッチの3選手は、私が指示していないこともこともなげにやってのける。そこに私が入り込む余地はない」
何かと行き過ぎた思考が蔓延している昨今のサッカーにおいて、程よい物差しを見出し続ける智将、アンチェロッティの言葉である。
文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳:下村正幸
【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ/1955年10月4日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79~84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を2度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、2度のW杯(82年と86年)に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。
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