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彼女がずぶ濡れだったのは…リバプールの試合で出会った白い杖の婦人【英国人エディターコラム】

カテゴリ:ワールドサッカーダイジェスト編集部

スティーブ・マッケンジー

2021年05月31日

彼女はゴール裏の常連だった

思い出されるのが2013年3月16日。この雨のサウサンプトン対リバプール戦で出会った目の不自由な婦人とのエピソードだ。(C)Getty Images

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 コロナ禍になっていちばん恋しく思うのは、記者やファンとの交流だ。スタジアムは本当に素晴らしい触れ合いの場だったと、改めてそう実感するよ。そんなことを考えながら、取材ノートと記憶のページを繰って、懐かしく思い出されたのが、ある婦人とのエピソードだ。

 いまから8年前、サウサンプトンとリバプールの試合を取材した時のことだ。ロンドンからサウサンプトンへは列車で80分ほど。その日は雨で、試合中もずっと降り続いていた。

 マウリシオ・ポチェティーノ率いるホームのサウサンプトンが、ブレンダン・ロジャースが指揮するリバプールを圧倒し、3-1で雨中の一戦に快勝したその帰り道。雨足は弱まる気配がなく、スタジアムの受付係にサウサンプトン駅までタクシーの手配を頼むと、「こちらのご婦人も一緒にいいですか」と同乗をお願いされた。紹介されたのは、60代と思しきひとりの女性だった。

 あいさつを交わして改めて彼女に目をやると、試合中ずっと雨に打たれていたのか全身ずぶ濡れで、手には白杖が握られていた。彼女は目が不自由だった。
 
 タクシーに同乗した駅までのおよそ15分間、彼女は饒舌だった。問わず語りに語られるその話から、彼女についての興味深い事実が明らかになっていった。彼女は観戦に訪れたファンで、リバプールのサポーターであること。それもシーズンチケットを持ち、レッズの試合には必ず足を運んでいるという筋金入りだった。
 サウサンプトン駅で行き先を尋ねると、ロンドンに帰ると言う。そのまま同じ列車に乗り込み、終点のウォータールー駅までの1時間20分、彼女の長広舌は途切れることがなかった。そしてそれは楽しい時間だった。
 
 次々に語られる話のなかで何よりも驚かされたのは、彼女はゴール裏の常連だということだ。アンフィールド(リバプールの本拠地)にも、その他のスタジアムにも、身体が不自由な人たちのための観戦スペースが設けられているが、彼女はサポーターに混じって試合を観るのが好きだと言った。熱気のど真ん中に身を置いてゲームを体感したいんだという。

 ラジオ実況の助けも借りながら、周囲の歓声や息づかいでピッチの状況が手に取るように分かるんだとも教えてくれた。そしてようやく腑に落ちた。彼女がずぶ濡れだったのは、屋根のないゴール裏にいたからだ。

 ロンドンからひとりで列車に乗ってアンフィールドに通い、アウェーゲームにも足を運ぶ。そう、彼女にとって試合観戦は特別なことではないのだ。それは受け入れる側のクラブにとっても同じだ。専用の観戦スペースの設置をはじめプレミアリーグの各スタジアムは、誰にとっても快適な場としてすべてのファンを迎え入れている。公共交通機関も概ねバリアフリーだ。
 
 列車がウォータールー駅に滑り込むと、「主人が迎えに来ているから」と彼女は人混みの中に消えていった。

 コロナ禍のいま、彼女はどうしているだろう。変わらずフットボールを楽しめているだろうか──。愛するリバプールを語る生き生きとしたあの饒舌が、耳の奥で懐かしくリフレインしている。


文●スティーブ・マッケンジー(サッカーダイジェスト・ヨーロッパ)

※『ワールドサッカーダイジェスト』2021年5月6日号より加筆・修正

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Steve MACKENZIE
スティーブ・マッケンジー/1968年6月7日、ロンドン生まれ。ウェストハムとサウサンプトンのユースでプレー経験がある。とりわけウェストハムへの思い入れが強く、ユース時代からのサポーターだ。スコットランド代表のファンでもある。大学時代はサッカーの奨学生として米国で学び、1989年のNCAA(全米大学体育協会)主催の大会で優勝した。現在はエディターとして幅広く活動。05年には『サッカーダイジェスト』の英語版を英国で手掛け出版した。
 
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