「今の彼が一番好きです」偉業を達成した山瀬功治と、鉄人を支えた姉さん女房の物語

カテゴリ:Jリーグ

河野 正

2020年09月25日

39歳。人としての物腰や視野、心情も大きく変わっていった

山瀬家の食卓には理恵子夫人の知恵と愛情、栄養が詰まった食事が並ぶ。写真提供:山瀬理恵子さん

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 J2愛媛FCのMF山瀬功治が、第16節のFC町田ゼルビア戦(9月2日・ニンジニア)で達成した21年連続ゴールは、遠藤保仁(ガンバ大阪)の22年に続く輝かしい金字塔だ。J1に限れば、小笠原満男(元鹿島アントラーズ)の17年が最長。当時J2のコンサドーレ札幌でプロのキャリアをスタートさせた2000年から、毎年得点を重ねてきたことになる。

 前半のアディショナルタイム。横谷繁の出色の縦パスで守備ラインを切り裂き、預かった丹羽詩温が右からグラウンダーの最終パスを配給すると、左足でゴール左隅に同点弾を蹴り込んだ。「連続得点は目標のひとつなので更新できて良かった」と喜んだ。

 得点を決めた山瀬は一目散にゴール裏へ駆け寄り、誇らしげに左胸のクラブエンブレムをつまんでサポーターに感謝の気持ちを伝えた。愛媛に加入した昨季、初得点を挙げた敵地での大宮アルディージャ戦でも真っ先に遠方から集まった支援者の元へ疾走。こういう情景は京都サンガ時代から顕著になり、アビスパ福岡でも数多く見られた。

「現役を続けたいけど、叶わないかもしれないという状況で愛媛や福岡が機会を与えてくれた。その恩が身に染みてありがたいんです。年齢的にいつ引退するか分からないけど、今はクラブとサポーターに感謝しながらプレーしています」

 福岡との契約満了後、所属先が一向に決まらず、愛媛に合流したのは昨年1月8日のチーム始動日から1か月遅れの2月6日だ。京都から福岡への移籍にしても、契約合意したのは始動日前日の朝だった。
 
 9月22日で39歳になった。年齢を重ねてプレーの幅が変化したように、人としての物腰や視野、心情なども大きく変わっていった。

 浦和レッズに在籍した2年間、山瀬の出場した試合をすべて観たが、得点を決めて観客と喜び合うことはまずなかった。初優勝した03年のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)で先制ヘッドを決めても、04年の東京ヴェルディ戦でハットトリックを完成させても同僚と抱擁しただけだ。

 才気煥発な攻撃的MFとして脚光を浴びていた頃は、札幌→浦和→横浜F・マリノス→川崎フロンターレというJ1の強豪クラブを渡り歩いた。だが力の衰えは万人に共通した宿命。山瀬はこれを潔く受け入れカテゴリーが落ちても、クラブの規模やチームの実力が劣っても、対価には目もくれずプレーできる環境だけをひたすら求めた。

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