驚異的なスプリント力で大注目!バイエルンの“若き稲妻”デイビスは、いかにして無名の存在から成り上がったのか【欧州発】

カテゴリ:連載・コラム

エル・パイス紙

2020年06月05日

「両親は食事も服も満足に買い与えることができなかった」

ブンデスリーガの早期再開もあり、ここにきて欧州中の注目を集めてるデイビス。(C) Getty Images

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 サッカー選手の成長のスピードは言うまでもなく千差万別だ、デビュー後の数年間は目立たなくても、徐々に力を蓄えて一流の仲間入りを果たす者もいれば、プロの扉を開けるやスターダムに駆け上がる者もいる。

 その意味で、今シーズンのブンデスリーガにおいてアーリング・ハーランド(ボルシア・ドルトムント)と並んで無名の存在から驚異的な成長を遂げている新星がアルフォンソ・デイビス(バイエルン・ミュンヘン)だ。

 デイビスはガーナ生まれカナダ育ちのリベリア人だ。両親のデベアとヴィクトリアはリベリアの首都モンロビアで暮らしていたが、内戦が勃発すると戦禍から逃れるためガーナのブドゥブラムの難民キャンプに移住。そこでデイビスは2000年11月2日に生を受けた。

 一家は貧しい暮らしを余儀なくされ、母親のヴィクトリアによると生まれたばかりの息子に食事も服も満足に買い与えることができなかったそうだ。2005年に一家は再び移住を決意。今度の新天地はカナダのエドモントンで、赤道直下に位置する国から一転して雪空が続く街で暮らすことになった。
 
 エドモントンは冬が長く、外で遊べるのは1年のうち4か月ほどに過ぎない。必然的に当地で生まれた子供たちは何かスポーツを始めるステップとしてアイスホッケーを選択するケースが多くなる。しかし幼少の頃から100メートル、1500メートル走で同世代トップの数字を記録し、天性のスプリンターぶりを披露していたデイビスが興味を抱いたのがサッカーだった。

 初めて出会ったのは当時通っていた学校の屋内の狭いグラウンドで、「サッカーを始めたのは11歳の時だった。かなり遅いほうだ」とデイビスは述懐する。

 しかし、生まれつき左右両足を遜色なく扱うテクニックに恵まれ、デイビスはボールタッチにおいても天性のセンスを発揮する。さらに練習を重ねるにつれて判断力や負けん気を養い、持ち前のスピードが発揮される素地が出来上がると、空を飛ぶ鳥のようにグラウンドを疾走。ドリブルの緩急にも磨きをかけ、別格の輝きを放ち始めた。

 15歳で地元のバンクーバー・ホワイトキャップスに入団。ここでもすぐに頭角を現すと、そのプレーがバイエルン・ミュンヘンの関係者の目に留まり、18歳でドイツ随一の名門クラブにステップアップを果たした。ちなみにバイエルンが獲得に投じた1200万ドル(現在のレートで約13億円)はカナダ・サッカー史上最高額の移籍金である。
 

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