バルサ指揮官の“大人の対応”
チャンピオンズリーグ、グループリーグ最終節。インテル・ミラノ戦前日、監督会見でのやりとりだ。バルセロナのエルネスト・バルベルデ監督が特定の選手の起用について、イタリア人記者に訊かれた時だった。
「いやー、今もう少しで明日の先発メンバーを発表しようと思っていたところだけどね。やっぱり、やめておくことにしよう」
バルベルデはそう言って笑みを浮かべ、質問を回避した。会場には、記者たちから笑いが起こっている。
バルベルデは指揮官として、特定の選手の起用について、いわんや翌日の先発メンバーについてなど言及するつもりはなかっただろう。彼はその気はまったくなかった。しかし厚かましい質問に対しても、怒ったりする姿は見せていない。“大人の対応”というべきだろうか。メディアは媒介者であり、そこで伝えたネガティブな空気は世間に伝わり、チームに戻ってくることを承知しているのだ。
リーダーとして、模範的な振る舞いと言えるだろう。
「いやー、今もう少しで明日の先発メンバーを発表しようと思っていたところだけどね。やっぱり、やめておくことにしよう」
バルベルデはそう言って笑みを浮かべ、質問を回避した。会場には、記者たちから笑いが起こっている。
バルベルデは指揮官として、特定の選手の起用について、いわんや翌日の先発メンバーについてなど言及するつもりはなかっただろう。彼はその気はまったくなかった。しかし厚かましい質問に対しても、怒ったりする姿は見せていない。“大人の対応”というべきだろうか。メディアは媒介者であり、そこで伝えたネガティブな空気は世間に伝わり、チームに戻ってくることを承知しているのだ。
リーダーとして、模範的な振る舞いと言えるだろう。
優れた指揮官というのは、人間関係を構築するのが抜群にうまい。それは生来的なのか、後天的に身につけたのか。人を悪い気にさせず、それどころか、いい気分にさせられる。
昔、筆者がスペインの名将、ハビエル・イルレタに取材した時のことだった。それは3、4度目かの取材で、複数回は話をしていた。しかし、ほぼ2年ぶりだった。
「おまえ、髪型変えたな! 似合っているぞ」
イルレタは再会するや否や、筆者に向かってそんな風に言ったのである。
2年前の東洋人の記者の髪形を、イルレタが覚えているはずはない。日々、多くのメディアに接し、選手やスタッフ、関係者など無数の人間を相手にする。しかし、彼は確かにそう言った。
2年前に会ったとすれば、髪型は多かれ少なかれ変わっている。決して、間違いではない。なにより、取材者のほうに“覚えていてくれた”という嬉しさがこみ上げる。人間として、好意的な反応で接する。
イルレタはそれを心得ていたのだろう。そうした人間マネジメントが優秀だったからこそ、スペインの一地方で欧州のビッグクラブを次々と撃破するようなチームを作り上げられた。様々な意見の選手もまとめられたのだ。
なにより、イルレタの話す言葉はとても分かりやすかった。名将と言われる人物ほど、話を難しくしない。例えばハーフスペース、ファイブレーンのような用語を使わなくても、サッカーは十分に説明できるし、誰もが分かる平易な言葉で、心まで響かせる。
名将の定義は、物事を難しくすることにはない。統率し、決断する。そこに尽きる。
スペインでは監督はミステル(ミスター)と敬称で呼ばれる。尊敬されるべきポストである。しかし、それだけに大きな責任を持っているし、人をリスペクトし、寛容に接する義務がある。
自己肥大の監督は、自然の摂理か、“サッカーの摂理”で淘汰されるのだ。
文●小宮良之
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月には『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たした。
昔、筆者がスペインの名将、ハビエル・イルレタに取材した時のことだった。それは3、4度目かの取材で、複数回は話をしていた。しかし、ほぼ2年ぶりだった。
「おまえ、髪型変えたな! 似合っているぞ」
イルレタは再会するや否や、筆者に向かってそんな風に言ったのである。
2年前の東洋人の記者の髪形を、イルレタが覚えているはずはない。日々、多くのメディアに接し、選手やスタッフ、関係者など無数の人間を相手にする。しかし、彼は確かにそう言った。
2年前に会ったとすれば、髪型は多かれ少なかれ変わっている。決して、間違いではない。なにより、取材者のほうに“覚えていてくれた”という嬉しさがこみ上げる。人間として、好意的な反応で接する。
イルレタはそれを心得ていたのだろう。そうした人間マネジメントが優秀だったからこそ、スペインの一地方で欧州のビッグクラブを次々と撃破するようなチームを作り上げられた。様々な意見の選手もまとめられたのだ。
なにより、イルレタの話す言葉はとても分かりやすかった。名将と言われる人物ほど、話を難しくしない。例えばハーフスペース、ファイブレーンのような用語を使わなくても、サッカーは十分に説明できるし、誰もが分かる平易な言葉で、心まで響かせる。
名将の定義は、物事を難しくすることにはない。統率し、決断する。そこに尽きる。
スペインでは監督はミステル(ミスター)と敬称で呼ばれる。尊敬されるべきポストである。しかし、それだけに大きな責任を持っているし、人をリスペクトし、寛容に接する義務がある。
自己肥大の監督は、自然の摂理か、“サッカーの摂理”で淘汰されるのだ。
文●小宮良之
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月には『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たした。