今年はユース世代が対戦!広島と長崎だからこそできる2年目のピースマッチ

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サッカーダイジェストWeb編集部

2019年09月21日

被爆者の小倉さんは焼け野原で広島の人々を支えたのがスポーツだったと語る

松井一実広島市長の熱い思いが、広島と長崎のユース年代のピースマッチへと繋がった。

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2018年8月11日、Jリーグで初めて被爆地をホームタウンとするチーム同士のピースマッチが行われた。

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 昨年、J1リーグで初めて行なわれたピースマッチ、サンフレッチェ広島対V・ファーレン長崎。広島と長崎という被爆地をホームタウンとするチーム同士の試合が8月に行われるということで、スポーツニュース以外での反響も大きかった。今年はV・ファーレン長崎がJ2に降格したため、継続することはできなかったが、ユース年代のピースマッチとして被爆都市からのメッセージが送られた。
 
 昨年、J1リーグを初めて戦ったV・ファーレン長崎は、8勝20敗6分勝点30で最下位となり、1年でJ2降格となった。チームにとって初めてのJ1リーグの1年、V・ファーレン長崎の髙田明社長は、「一番楽しみにしていたのが、サンフレッチェ広島とのピースマッチ。日本だけでなく、世界に平和を発信できるチャンス。サッカーを通して平和の一助に」と語った。
 
 ピースマッチ前のセレモニーでは、両イレブンは折り鶴などがデザインされた平和祈念ユニフォームを着用。両都市の被爆日を意味する86番(8月6日)をサンフレッチェ広島が、89番(8月9日)をV・ファーレン長崎がそれぞれ着用。また、広島市の松井一実市長と長崎市の田上富久市長がキックインを行った。
 
 サンフレッチェ広島の山本拓也社長は、「広島と長崎は恒久的な平和を発信し続ける使命があります。“原爆”というテーマのため、自然と厳かにはなりますが、スポーツができる平和に感謝し、世界をひとつにしていきたい。そしてスポーツで平和の明るい部分を届けたい」と語った。
 

昨年のピースマッチ前日には、サンフレッチェ広島の山本拓也社長(写真左)とV・ファーレン長崎の髙田社長(写真右)が平和記念公園で献花を行った。

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8才で被爆した小倉桂子さんは、広島平和記念資料館館長を務めた夫の小倉馨さんの死別をきっかけに、海外へ向けた平和発信を始めた。

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 被爆後の焼け野原で広島の人々を支えたのがスポーツだったと語るのは、8才で爆心地から2.4キロ離れた自宅近くの路上で被爆した小倉桂子さんだ。彼女は、1981年に平和のためのヒロシマ通訳者グループを設立し、海外に向けて平和を訴え続けている。
 
「何もかもみんななくなったときに、焼け跡の中でたったひとつできたものはボロギレで遊ぶ野球でした。広島湾に浮かぶ似島にあった弾薬庫跡では、進駐軍と戦争孤児たちが野球をした。言葉は話せない。それを繋ぐのがスポーツでした」
 
 1950年の広島東洋カープ創設が、戦後広島の人々の心の支えとなり、1991年にJ誕生とともに生まれたサンフレッチェ広島、1994年の広島アジア大会を経て、スポーツが広島の人々にとって生活の一部となった。
 
「スポーツは、自分ができることを一生懸命していることが素晴らしい。そして、 スポーツはインターナショナル。平和は国境を越えるもの。ひとりの人間として全力を尽くす。それが本当のスポーツマンシップ。人間は誰だって自分のできる方法で平和に貢献できるのだと思います」と小倉さんは語る。
 

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