単純な“足し算”にならない有力選手の加入
冬の移籍市場、欧州王者レアル・マドリーを率いるジネディーヌ・ジダン監督は、アスレティック・ビルバオに所属するGKケパ・アリサバラガとの契約合意に、「待った」をかけている。
覇道を行くマドリーとしては、「格安でスペインの次世代ナンバーワンGKを手に入れられる」という千載一遇の機会だった。半年後には契約が切れるため(=移籍金が一銭も入らなくなるため)、ビルバオ側も渋々と移籍に向かって動いていた。そして契約更新を渋っていたケパも、同じ気持ちだった。
ところが、ジダンが「必要ない」と判断し、話は決裂した。
結局、ケパはビルバオと2025年まで契約を更新している。契約解除金は2000万ユーロ(26億円)から8000万ユーロ(104億円)に跳ね上がった。これで、しばらく移籍の話はないだろう。
クラブフロントは長期的な視野で、編成を行なう必要性に迫られる。その点、有望なケパの獲得打診は、決して間違っていなかった。「数年後には欧州最高GKの座を争う」とも目される実力者だからだ。
しかし、現場は1試合1試合、1日1日が勝負となる。現状、マドリーにはケイラー・ナバス、キコ・カシージャというふたりの有力なGKがいる。もし、ケパがそこに加入した場合、競争力は高まる。
ただ同時に、チーム内に不信感が生まれる可能性も高かった。
「俺たちは信頼されていないのか?」
ふたりのGKはそう感じるだろう。シーズン途中に選手を補強するというのは、とてもデリケートな問題なのだ。
ジダンは監督として、戦術における駆け引きの腕前は凡庸だといわれる。ディエゴ・シメオネやウナイ・エメリに及ばない。また、戦略面でフットボールの質を高める能力も、ジョゼップ・グアルディオラやエルネスト・バルベルデに劣る。
しかし、人事マネジメントは神業的だ。
スター選手たちのエゴをうまく操ることができるし、発奮させ、納得させられる。一方で、責任感の強いプロフェッショナルな選手をリスペクトし、その努力を決して見逃さない。
さらに、若手で野心的な選手には舞台を与え、何より、そのタイミングが適切。昨シーズンは「Bチーム」といわれた若手主体のサブ組が、チーム全体を底上げしていた。
ケパを獲るか否か。
それを突き詰めた時、ジダンは現役時代の肌感覚で、チームに起こる反応を想像したのだろう。プレーヤーはプライドを傷付けられるのを嫌い、傷付けられたと感じた選手のパフォーマンスは、どうしようもなく落ちる。
さらに、その様子を多くの在籍選手が痛ましく感じる。「次は自分に“災い”が降りかかるのでは……」と疑心暗鬼に駆られ、不安が連鎖になりかねない。
有力な選手の加入は、必ずしも単純に足し算にならないのだ。
ケパの獲得を断り、ナバスやカシージャに賭ける――。そこに、ジダンのボスとしての輪郭が見えた。
「他の誰でもない、お前が必要なんだ」
それがジダンのマネジメント。リーダーが人心を掌握するのは、簡単なことではない。
文:小宮 良之
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数の書籍を出版しており、今年3月にはヘスス・スアレス氏との共著『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』(東邦出版)を上梓した。
覇道を行くマドリーとしては、「格安でスペインの次世代ナンバーワンGKを手に入れられる」という千載一遇の機会だった。半年後には契約が切れるため(=移籍金が一銭も入らなくなるため)、ビルバオ側も渋々と移籍に向かって動いていた。そして契約更新を渋っていたケパも、同じ気持ちだった。
ところが、ジダンが「必要ない」と判断し、話は決裂した。
結局、ケパはビルバオと2025年まで契約を更新している。契約解除金は2000万ユーロ(26億円)から8000万ユーロ(104億円)に跳ね上がった。これで、しばらく移籍の話はないだろう。
クラブフロントは長期的な視野で、編成を行なう必要性に迫られる。その点、有望なケパの獲得打診は、決して間違っていなかった。「数年後には欧州最高GKの座を争う」とも目される実力者だからだ。
しかし、現場は1試合1試合、1日1日が勝負となる。現状、マドリーにはケイラー・ナバス、キコ・カシージャというふたりの有力なGKがいる。もし、ケパがそこに加入した場合、競争力は高まる。
ただ同時に、チーム内に不信感が生まれる可能性も高かった。
「俺たちは信頼されていないのか?」
ふたりのGKはそう感じるだろう。シーズン途中に選手を補強するというのは、とてもデリケートな問題なのだ。
ジダンは監督として、戦術における駆け引きの腕前は凡庸だといわれる。ディエゴ・シメオネやウナイ・エメリに及ばない。また、戦略面でフットボールの質を高める能力も、ジョゼップ・グアルディオラやエルネスト・バルベルデに劣る。
しかし、人事マネジメントは神業的だ。
スター選手たちのエゴをうまく操ることができるし、発奮させ、納得させられる。一方で、責任感の強いプロフェッショナルな選手をリスペクトし、その努力を決して見逃さない。
さらに、若手で野心的な選手には舞台を与え、何より、そのタイミングが適切。昨シーズンは「Bチーム」といわれた若手主体のサブ組が、チーム全体を底上げしていた。
ケパを獲るか否か。
それを突き詰めた時、ジダンは現役時代の肌感覚で、チームに起こる反応を想像したのだろう。プレーヤーはプライドを傷付けられるのを嫌い、傷付けられたと感じた選手のパフォーマンスは、どうしようもなく落ちる。
さらに、その様子を多くの在籍選手が痛ましく感じる。「次は自分に“災い”が降りかかるのでは……」と疑心暗鬼に駆られ、不安が連鎖になりかねない。
有力な選手の加入は、必ずしも単純に足し算にならないのだ。
ケパの獲得を断り、ナバスやカシージャに賭ける――。そこに、ジダンのボスとしての輪郭が見えた。
「他の誰でもない、お前が必要なんだ」
それがジダンのマネジメント。リーダーが人心を掌握するのは、簡単なことではない。
文:小宮 良之
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数の書籍を出版しており、今年3月にはヘスス・スアレス氏との共著『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』(東邦出版)を上梓した。