“ニグロ”がまかり通った時代から30年――英サッカー界における差別問題に変化は?

カテゴリ:ワールド

松澤浩三

2018年01月27日

代表初選出の際に受け取ったファンレターの中には銃弾が。

有色人種に対する迫害が平然とまかり通っていた時代に、まさに先駆者として活躍したレジス。そのキャリアで158ゴールも叩き出している。 (C) Getty Images

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 去る1月14日(現地)、黒人選手の先駆けとして1970年後半から90年代後半にかけてウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(WBA)やコベントリーで活躍した元イングランド代表FWのシリル・レジスが他界した。59歳の若さだった。
 
 レジスの訃報を受け、直後に開催されたプレミアリーグ24節の各試合会場では、黙とうが捧げられた。彼はそれほどまでに偉大で、まさに黒人選手の先駆者と呼べるような存在だったのだ。
 
 彼がプレーしていた当時の英国は、ポリティカル・コレクトネス(人種や性別など、あらゆる差別廃止の立場での政治的正当性)から程遠い時代。黒人を蔑視する“ニグロ”を使うことがまかり通り、スタジアム内では、「ニグロ、ニグロ、靴を舐めろ!」といったチャントが頻繁に飛び交い、ピッチにバナナの皮が投げ込まれるのも普通のことだった。
 
 2011年に出版された自伝の中で、レジスが1982年にイングランド代表に初招集された際の一幕が紹介されている。それは念願叶って初めて代表に選出された際に貰ったファンレターを開けた時のことである。
 
「みんながファンレターを貰っていたから、私も自分の分を受け取り、ロッカールームで開けたんだ。封筒の中を見ると、一枚の紙が入っていた。それは新聞のアルファベットを切り抜いて作られた寒気を覚えるメッセージだった。『ウェンブリーの芝に足を着けたら、お前の膝を“これ”を打ち抜いてやる』。封筒の中には銃弾が入っていたんだ」
 
 先日、レジスを偲ぶ追悼ラジオ番組内では、1980年代後半から1990年代後半にかけてクリスタル・パレスやアーセナルで活躍した元イングランド代表FWのイアン・ライトが、その当時の環境を振り返っていた。彼もまた黒人である。
 
 草サッカーからプロサッカー選手になったライトが回想したのは、プロになる直前の出来事だ。
 
「俺たちは黒人で構成したチームで、唯一の白人はゴールキーパーだけ。相手は白人のチームだったね。試合は余裕勝ちしていたんだけど、南ロンドンの危ないエリアで、試合後のロッカーの外には、喧嘩をしようと敵のチームが待っていたんだ。だから試合が終わると同時に、逃げるようにバンに乗り込んだのを覚えている」

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