開幕戦こそ意地を見せたものの、その後は連敗で屈辱を味わう。
EURO2000は、同大会において初めての2か国による共同開催となった。
ベルギーとオランダ。前者は1980年大会で決勝進出を果たし(西ドイツに敗れて準優勝)、後者は88年大会で優勝を飾っており、ともに十分な実績を残している。
しかし、オランダがレベルの高いタレントを次々に輩出し、クラブ・代表の両方で存在感を示し続ける一方で、ベルギーは90年代半ばを過ぎるあたりから、衰退の道を歩み始めていた。
2年前のフランス・ワールドカップでは、オランダが4位入賞を果たしたのに対し、ベルギーはグループステージでオランダ、メキシコの後塵を拝して、82年大会から続いていた決勝トーナメント進出の連続記録は途絶えてしまった。
EURO2000以前、この大会でグループステージが導入されるにようなった80年大会以降に、開催国がここで脱落したことは一度もなかった。しかしこの大会、オランダの勝ち抜けは間違いないが、ベルギーは危ないのでは……という声は戦前から少なくなかった。
同組となったのは、スウェーデン、イタリア、トルコ。いずれも強国であり、ベルギーにとっては分の悪い相手ばかりと見られていたのである。
しかし、開催国は意地を見せる。誰もが注目する開幕試合で、強豪スウェーデンを2-1で撃破。バルト・ホールが相手DFから強引にボールを奪い取って先制点を奪い、後半には抜け出したエミール・ムペンザが強烈なシュートをゴールに突き刺した。
勝点3を手にしたベルギーは、イタリアとの2戦目に希望を持って臨む。しかし、大会前には悲観的な見方がなされていたにもかかわらず、イタリアは初戦のトルコ戦でも好パフォーマンスを見せて勝利を挙げており、意外なほどの強力なチームへと変貌を遂げていた。
ベルギーはいきなり攻め込まれ、6分にフランチェスコ・トッティのヘッドにより先制点を奪われる。その後、ポストに当たるシュートを放つなど、追い付くチャンスはあったものの活かせず、66分にステーファノ・フィオーレのミドルを食らって万事休した。
2節を終えた時点で、イタリアが勝点6、ベルギーが勝点3、トルコとスウェーデンが勝点1で、どのチームにも決勝トーナメント進出の可能性があった。
そして迎えた6月19日の最終節。トルコから最低でも勝点1を奪いたいベルギーだったが、守勢に立つ時間が長くなる。何度も守備ラインを突破されて決定的なピンチを迎える開催国。しかし、ここでGKフィリップ・デ・ビルデが好守を連発して耐え凌いだ。
前半を無失点で折り返したかったベルギーだが、45分に目論見は崩れる。ハカン・シュクルの驚異的な跳躍にデ・ビルデが競り負け、ボールはベルギーゴールに転がっていった。
必死に反撃を試みるも同点ゴールは遠く、70分には右からのクロスを再びハカンに詰められたベルギーは、この時点で敗北が確定。そして、EURO史上初のグループステージ敗退を喫した開催国となった。
予想されたこととはいえ、この屈辱はベルギー・サッカー界を打ちのめした。これに危機感を抱いたことで、この国の育成システムが見直され、後に多くのタレントを生み出すこととなる。
もっとも、そこまでの道のりは遠く、早期敗退を喫したベルギーは、2年後の日韓W杯こそベスト16入りを果たすも、そこから14年ブラジルW杯まで、長くメジャー大会への道を閉ざされることとなった。
◎6月19 日に行なわれた過去のEUROの試合
◇1976年ユーゴスラビア大会
3決決定戦
オランダ 3(延長)2 ユーゴスラビア
◇1984年フランス大会
グループステージ
フランス 3-2 ユーゴスラビア
デンマーク 3-2 ベルギー
◇1996年イングランド大会
グループステージ
ロシア 3-3 チェコ
イタリア 0-0 ドイツ
ポルトガル 3-0 クロアチア
デンマーク 3-0 トルコ
◇2000年ベルギー・オランダ大会
グループステージ
トルコ 2-0 ベルギー
イタリア 2-1 スウェーデン
◇2004年ポルトガル大会
グループステージ
ラトビア 0-0 ドイツ
チェコ 3-2 オランダ
◇2008年オーストリア・スイス大会
準々決勝
ドイツ 3-2 ポルトガル
◇2012年ポーランド・ウクライナ大会
グループステージ
イングランド 1-0 ウクライナ
スウェーデン 2-0 フランス
※日付は全て現地時間
【回想】ドイツ史上最強チームの初戴冠(72年)
ベルギーとオランダ。前者は1980年大会で決勝進出を果たし(西ドイツに敗れて準優勝)、後者は88年大会で優勝を飾っており、ともに十分な実績を残している。
しかし、オランダがレベルの高いタレントを次々に輩出し、クラブ・代表の両方で存在感を示し続ける一方で、ベルギーは90年代半ばを過ぎるあたりから、衰退の道を歩み始めていた。
2年前のフランス・ワールドカップでは、オランダが4位入賞を果たしたのに対し、ベルギーはグループステージでオランダ、メキシコの後塵を拝して、82年大会から続いていた決勝トーナメント進出の連続記録は途絶えてしまった。
EURO2000以前、この大会でグループステージが導入されるにようなった80年大会以降に、開催国がここで脱落したことは一度もなかった。しかしこの大会、オランダの勝ち抜けは間違いないが、ベルギーは危ないのでは……という声は戦前から少なくなかった。
同組となったのは、スウェーデン、イタリア、トルコ。いずれも強国であり、ベルギーにとっては分の悪い相手ばかりと見られていたのである。
しかし、開催国は意地を見せる。誰もが注目する開幕試合で、強豪スウェーデンを2-1で撃破。バルト・ホールが相手DFから強引にボールを奪い取って先制点を奪い、後半には抜け出したエミール・ムペンザが強烈なシュートをゴールに突き刺した。
勝点3を手にしたベルギーは、イタリアとの2戦目に希望を持って臨む。しかし、大会前には悲観的な見方がなされていたにもかかわらず、イタリアは初戦のトルコ戦でも好パフォーマンスを見せて勝利を挙げており、意外なほどの強力なチームへと変貌を遂げていた。
ベルギーはいきなり攻め込まれ、6分にフランチェスコ・トッティのヘッドにより先制点を奪われる。その後、ポストに当たるシュートを放つなど、追い付くチャンスはあったものの活かせず、66分にステーファノ・フィオーレのミドルを食らって万事休した。
2節を終えた時点で、イタリアが勝点6、ベルギーが勝点3、トルコとスウェーデンが勝点1で、どのチームにも決勝トーナメント進出の可能性があった。
そして迎えた6月19日の最終節。トルコから最低でも勝点1を奪いたいベルギーだったが、守勢に立つ時間が長くなる。何度も守備ラインを突破されて決定的なピンチを迎える開催国。しかし、ここでGKフィリップ・デ・ビルデが好守を連発して耐え凌いだ。
前半を無失点で折り返したかったベルギーだが、45分に目論見は崩れる。ハカン・シュクルの驚異的な跳躍にデ・ビルデが競り負け、ボールはベルギーゴールに転がっていった。
必死に反撃を試みるも同点ゴールは遠く、70分には右からのクロスを再びハカンに詰められたベルギーは、この時点で敗北が確定。そして、EURO史上初のグループステージ敗退を喫した開催国となった。
予想されたこととはいえ、この屈辱はベルギー・サッカー界を打ちのめした。これに危機感を抱いたことで、この国の育成システムが見直され、後に多くのタレントを生み出すこととなる。
もっとも、そこまでの道のりは遠く、早期敗退を喫したベルギーは、2年後の日韓W杯こそベスト16入りを果たすも、そこから14年ブラジルW杯まで、長くメジャー大会への道を閉ざされることとなった。
◎6月19 日に行なわれた過去のEUROの試合
◇1976年ユーゴスラビア大会
3決決定戦
オランダ 3(延長)2 ユーゴスラビア
◇1984年フランス大会
グループステージ
フランス 3-2 ユーゴスラビア
デンマーク 3-2 ベルギー
◇1996年イングランド大会
グループステージ
ロシア 3-3 チェコ
イタリア 0-0 ドイツ
ポルトガル 3-0 クロアチア
デンマーク 3-0 トルコ
◇2000年ベルギー・オランダ大会
グループステージ
トルコ 2-0 ベルギー
イタリア 2-1 スウェーデン
◇2004年ポルトガル大会
グループステージ
ラトビア 0-0 ドイツ
チェコ 3-2 オランダ
◇2008年オーストリア・スイス大会
準々決勝
ドイツ 3-2 ポルトガル
◇2012年ポーランド・ウクライナ大会
グループステージ
イングランド 1-0 ウクライナ
スウェーデン 2-0 フランス
※日付は全て現地時間
【回想】ドイツ史上最強チームの初戴冠(72年)

本文では触れていないが、84年のこの日は、フランスのミシェル・プラティニがユーゴスラビア戦で2試合連続のハットトリックを達成している。そしてこの試合、ユーゴでは日本でも馴染み深いドラガン・ストイコビッチ(当時19歳)が初スタメンを果たし、後半にはPKで初得点をマークした。 (C) SOCCER DIGEST