リヨンの郊外で暮らすアルジェリア系移民の大家族の一員で、背が低くてぽっちゃりしていて不器用だという理由で地元のクラブに入団を断られたシャイな８歳の少年がバロンドールを受賞するには、２本の木が必要だった。

　広々とした野原にゴールポストに見立て、距離を隔ててそれらは植えられている。少年にとっては２人の友人でもあった。１人は右から、もう１人は左から、雨の中、寒空の中、夏の酷暑の中、何時間も食事を忘れるほど、ボールを小脇に抱えて家の窓から逃げ出すほど、無心で蹴り込み続ける少年を見守った。

　記憶は、現在を維持するために過去から必要なものを保存する。『Benzema par Karim』というドキュメントの中で、ベンゼマは、まだ木々が生い茂る広々とした野原にスポーツカーを停め、ゴールを決め続けることができるのは彼らのおかげだと語っている。

　興味深いのは、レアル・マドリーにおける彼のキャリアが、幼少の頃からのキャリアと同じ歩みを辿っている点だ。実力は折り紙付きながら、評価がなかなか定着しない選手。疑われやすく、誤解されやすく、やる気なさげに見え、ある時は控えめで、ある時は孤立し、時にはトラブルメーカーにもなる。

　しかしベンゼマは、そのような綱渡りの状況において、ライバルたちをマットのように揺さぶり、とんでもなくハッピーで快楽的なプレーを繰り出すことでビッグバンを引き起こしてきた。

【画像】マドリーのトップチーム練習に参加する中井卓大

　もっとも、ベンゼマにとっては、そのようなグロテスクな変化を見せた自覚はないはずだ。ようは、自らのサッカーを翻訳してくれない周囲に嫌気がさして、ファンやメディアの理解力を高めるべくその役割を買って出たにすぎない。結果的にチームメイトや監督の間で定着していた評価を満場一致で獲得するに至った。

　ベンゼマは常に得点を挙げ、アシストを決めた。エレガンスさや個性を失うことはなかった。マドリーをはじめ、ピッチで触れたあらゆるものをより良いものにしてきた。マドリディスタをより善良で、賢明で、寛大で、幸福なファンにした。ベンゼマがマドリーで過ごしたこの14年間、我々はこれまで体験したことのない幸せな時代を過ごした。

　ベンゼマは、サンティアゴ・ベルナベウで生涯プレーしたジネディーヌ・ジダンであり、21歳で入団したロナウド・ナザリオだった。芸術作品のようなプレーやゴールを連発し、前に進んでいないようでスピードに溢れ、丁寧に蹴り込むようで破壊力抜群のシュートを放ち、試合から消えているようで頭の中でピッチの全体像を把握し、ゴールに背を向けているようで最も弱いDFや最も恐怖を抱いているGKを嗅ぎ分け、靴紐を結んでいるようでボックス内で致命的なプレーを見せた。

　ベンチウォーマーに甘んじることなく、ライフワークでもあるチャンピオンズリーグで鮮烈な輝きを放ってからわずか１年後に去っていく。同世代の選手が中東、日本、米国でキャリアの晩年を過ごす中、ベンゼマもその１人になった。エリートの頂点に君臨する間に、チップを要求した。土壇場で一矢報いたベンゼマは燃え上がり、溢れ出し、解き放たれた。