クラブ創立100周年を彩ったリーガ連覇とCLでの大失態…。

時とともに増加していったオランダ人選手。ファン・ハールが使いやすい選手を選んだ結果であり、ある意味、理に適った補強とも言えるが、バルセロニスタにとってこの「オランダ化」は、カタルーニャの象徴を汚す行為でしかなかった。 (C) Getty Images

本文では触れていないが、99年3月、100周年イベントの一環としてクライフ記念試合が行なわれ、現在のバルサとクライフ率いる「ドリームチーム+FIFA選抜」が対戦。試合は前者がクライファートとジオバンニのゴールで勝利したが、主役はかつてバルセロニスタに至福の時を与え続けたドリームチームであり、これを創り出したクライフだった。ちなみにFIFA選抜として、あのエリック・カントナも出場した。 (C) SOCCER DIGEST
リーガのディフェンディングチャンピオンとして迎えた1998-99シーズン。それはバルサにとって、特別のものだった。1899年にこのカタルーニャの象徴が産声を上げてから、ちょうど100年目を迎えるのである。
記念のシーズンには最高の成績を――。バルセロニスタはリーガ連覇だけでなく、91-92シーズン以来の欧州制覇を欲していた。しかも、このシーズンのチャンピオンズ・リーグ(CL)決勝の舞台はカンプ・ノウに決まっている。88-89シーズン(ミラン対ステアウア・ブカレスト)のような、主不在の決勝戦を許すわけにはいかなかった。
監督のルイス・ファン・ハールとしても、就任2シーズン目でさらなる飛躍を誓っていたのは間違いない。リーガ、国王杯、UEFAスーパーカップを制した昨シーズンだったが、CL早期敗退には悔いが残った。ファンからは、早くも解任を要求する声も出ている。それを封じるためにも、記念のシーズンで全てを勝ち取るつもりだった。
そのために彼がしたことは、戦力補強だ。パトリック・クライファート、フィリップ・コクー、ボウデビン・ゼンデンというオランダ人らを新たに獲得した。
その一方で、バルサのカンテラ(下部組織)出身で、長く主力として活躍してきたアルベルト・フェレール、ギジェルモ・アモール、イバン・デ・ラ・ペーニャは慣れ親しんだこのクラブで居場所を失い、他チームへの移籍を余儀なくされた。
昨シーズン以上にスタメンにオランダ人が増えていくのを、バルセロニスタが快く感じるはずがない。しかも、そのチームはスタートダッシュに失敗。CLでは後に決勝に進出するマンチェスター・ユナイテッド、バイエルンの後塵を拝し、1試合を残した段階でグループステージ突破の望みはほぼなくなった。
11月28日、厳かに100周年の大イベントが執り行なわれた直後のリーガ12節アトレティコ・マドリー戦で無残な敗北を喫して順位を6位まで落とすと、バルセロニスタによるファン・ハール解任要求の声はさらに大きくなる。そしてここから3連敗を喫した際には、それが即現実のものとなると多くの人が確信した。
ところが15節、バジャドリー戦を1-0で制してからバルサは突如、変貌。そこから8連勝を飾り、その後もバレンシアに1敗を喫した以外は無敗で突っ走って、終わってみれば2位レアル・マドリーに勝点11差をつけてのリーガ連覇を果たしたのである。
ちなみに流れを変えたバジャドリー戦で、値千金の決勝ゴールを挙げたのは、このシーズンにトップチームに昇格したばかりのシャビだった。
豊富なタレントの力によって最低限の結果を残し、首が繋がったファン・ハール。しかし、バルセロニスタの信頼を取り戻すどころか、両者の関係はさらに悪化していった。
秩序と戦術のみを重視し、選手を機械のように扱う冷徹さ、そして冬の補強でさらに2人のオランダ人(フランク&ロナルドのデブール兄弟)を獲得したことも、バルセロニスタ、そして地元メディアの怒りと不満を増長させたのである。
記念のシーズンには最高の成績を――。バルセロニスタはリーガ連覇だけでなく、91-92シーズン以来の欧州制覇を欲していた。しかも、このシーズンのチャンピオンズ・リーグ(CL)決勝の舞台はカンプ・ノウに決まっている。88-89シーズン(ミラン対ステアウア・ブカレスト)のような、主不在の決勝戦を許すわけにはいかなかった。
監督のルイス・ファン・ハールとしても、就任2シーズン目でさらなる飛躍を誓っていたのは間違いない。リーガ、国王杯、UEFAスーパーカップを制した昨シーズンだったが、CL早期敗退には悔いが残った。ファンからは、早くも解任を要求する声も出ている。それを封じるためにも、記念のシーズンで全てを勝ち取るつもりだった。
そのために彼がしたことは、戦力補強だ。パトリック・クライファート、フィリップ・コクー、ボウデビン・ゼンデンというオランダ人らを新たに獲得した。
その一方で、バルサのカンテラ(下部組織)出身で、長く主力として活躍してきたアルベルト・フェレール、ギジェルモ・アモール、イバン・デ・ラ・ペーニャは慣れ親しんだこのクラブで居場所を失い、他チームへの移籍を余儀なくされた。
昨シーズン以上にスタメンにオランダ人が増えていくのを、バルセロニスタが快く感じるはずがない。しかも、そのチームはスタートダッシュに失敗。CLでは後に決勝に進出するマンチェスター・ユナイテッド、バイエルンの後塵を拝し、1試合を残した段階でグループステージ突破の望みはほぼなくなった。
11月28日、厳かに100周年の大イベントが執り行なわれた直後のリーガ12節アトレティコ・マドリー戦で無残な敗北を喫して順位を6位まで落とすと、バルセロニスタによるファン・ハール解任要求の声はさらに大きくなる。そしてここから3連敗を喫した際には、それが即現実のものとなると多くの人が確信した。
ところが15節、バジャドリー戦を1-0で制してからバルサは突如、変貌。そこから8連勝を飾り、その後もバレンシアに1敗を喫した以外は無敗で突っ走って、終わってみれば2位レアル・マドリーに勝点11差をつけてのリーガ連覇を果たしたのである。
ちなみに流れを変えたバジャドリー戦で、値千金の決勝ゴールを挙げたのは、このシーズンにトップチームに昇格したばかりのシャビだった。
豊富なタレントの力によって最低限の結果を残し、首が繋がったファン・ハール。しかし、バルセロニスタの信頼を取り戻すどころか、両者の関係はさらに悪化していった。
秩序と戦術のみを重視し、選手を機械のように扱う冷徹さ、そして冬の補強でさらに2人のオランダ人(フランク&ロナルドのデブール兄弟)を獲得したことも、バルセロニスタ、そして地元メディアの怒りと不満を増長させたのである。

監督:ルイス・ファン・ハール(オランダ)
その他の主なプレーヤー:GK V・バイア、DF ぺジェグリーノ、ナダル、ボハルデ、MF ゼンデン、シャビ、セラーデス、R・デブール、ロジェール、FW S・アンデルソン、オスカール

2シーズン連続でチーム得点王となったリバウド。厳格な指揮官の下で窮屈さを感じながらも結果を出し、99年にはバロンドールを受賞する。バルサのブラジル人としては、97年のロナウド以来の受賞だった。 (C) Getty Images
◎1998-99シーズン成績
リーガ:優勝(24勝7分け7敗・87得点43失点)
国王杯:準々決勝敗退(対バレンシア)
チャンピオンズ・リーグ:グループステージ敗退(3位/対バイエルン、マンチェスター・ユナイテッド、ブレンビー)
チーム内得点ランキング(リーガ):リバウド(24点)、クライファート(15点)、コクー(12点)、L・エンリケ(11点)、フィーゴ(7点)、S・アンデルソン(6点)、ジオバンニ(2点)、F・デブール(2点)、オスカール(2点)、セラーデス(2点)、グアルディオラ(1点)、シャビ(1点)、アベラルド(1点)
◎主なトランスファー
◇IN
夏
DF ぺジェグリーノ(←ヴェレス・サルスフィエルド)
MF コクー(←PSV)
MF ゼンデン(←PSV)
MF シャビ(←ユースから昇格)
FW クライファート(←ミラン)
FW L・ガルシア(←ユースから昇格)
冬
DF F・デブール(←アヤックス)
MF R・デブール(←アヤックス)
◇OUT
夏
DF フェレール(→チェルシー)
DF F・コウト(→ラツィオ)
MF アモール(→フィオレンティーナ)
MF デ・ラ・ペーニャ(→ラツィオ)
FW ピッスィ(→リーベル・プレート)
冬
FW L・ガルシア(→バジャドリー)
リーガ:優勝(24勝7分け7敗・87得点43失点)
国王杯:準々決勝敗退(対バレンシア)
チャンピオンズ・リーグ:グループステージ敗退(3位/対バイエルン、マンチェスター・ユナイテッド、ブレンビー)
チーム内得点ランキング(リーガ):リバウド(24点)、クライファート(15点)、コクー(12点)、L・エンリケ(11点)、フィーゴ(7点)、S・アンデルソン(6点)、ジオバンニ(2点)、F・デブール(2点)、オスカール(2点)、セラーデス(2点)、グアルディオラ(1点)、シャビ(1点)、アベラルド(1点)
◎主なトランスファー
◇IN
夏
DF ぺジェグリーノ(←ヴェレス・サルスフィエルド)
MF コクー(←PSV)
MF ゼンデン(←PSV)
MF シャビ(←ユースから昇格)
FW クライファート(←ミラン)
FW L・ガルシア(←ユースから昇格)
冬
DF F・デブール(←アヤックス)
MF R・デブール(←アヤックス)
◇OUT
夏
DF フェレール(→チェルシー)
DF F・コウト(→ラツィオ)
MF アモール(→フィオレンティーナ)
MF デ・ラ・ペーニャ(→ラツィオ)
FW ピッスィ(→リーベル・プレート)
冬
FW L・ガルシア(→バジャドリー)