日本でも、スタジアムのモラルが問われる時代になった。
　
　７月、国立競技場。スーパースター軍団のパリ・サンジェルマンが、「ジャパンツアー2022」でJリーグ王者の川崎フロンターレと戦い、２-１で勝利を収めている。世界最高のサッカー選手、リオネル・メッシがゴールを決めるなど、盛況のうちに幕を閉じた。
　
　事件が起きたのは試合直後だった。
　
　スタンドから地上に降りた男性が、Tシャツ姿で走って乱入。警備員の制止を振り切って、選手に近づこうとした。結局、取り押さえられたが、笑い話では済まされない。この時代、一国の元総理が凶弾に倒れるなど、どんな考えで人に近づいて危害を加えるか、分からない。セキュリティに関しては抜本的な変化が必要かもしれないが…。

　最近は、日本人の道徳観念も変化している。ネットなどで軽薄な情報が氾濫し、増幅され、何が正しいか、何をしてはいけないのか、汲み取ることができない人間も増えたのかもしれない。短絡的言動が増えたのは、教養や知性の問題か。本来は行き届いた教育を網のようにめぐらし、社会全体を制御し、混乱を理性で抑えていたのだろう。

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「日本人はどうしてあれほど丁寧で、真面目なのか？ 道を聞けば言葉が分からなくても教えようとしてくれるし、電車やバスはいつも時間通り。自分たちの国よりも教養が高いのだろう」

　日本に来たスペインの友人たちは、みな口をそろえて「日本人の規律とモラル」を称賛していた。「ピッチに乱入する不届き者など、日本ではあり得ない」。彼らは笑い飛ばすだろうが、それは事実だ。

　乱入事件は一人の人間の蛮行だが、目に余ることはそれだけではない。

「コロナ禍でのスタジアム声出し禁止」
　
　そう規則を定めても、守らない人が出ている。一人や二人ではなく、集団としての行為だけに質が悪い。自分たちの正当性を見つけるのだが、ルールはルールだ。

　これまで日本人はルールに対し厳格で、たとえ不満があっても、それを理性で守ることができてきた。少なくとも、スタジアムでのマナーは世界に誇れるものだった。例えば、ラテン語圏のスタジアムではありとあらゆる罵詈雑言をスタンドで耳にするし、破壊行動に及ぶこともあり、モラルなどあったものではない。日本ではこれまで、女性や子供が安心してこられる場所だった。
　
　欧州では安全上の理由で、警備体勢が厳しくなっている。乱入者に対しても、あえてカメラで追わない(画面に映し出さない)という措置を取っている。承認欲求が強い人間たちに抗うためで、ルールを破った人間は存在すら認めず、排除する方針だ。

　しかしやれるだけの措置を施しても、またどこかのスタジアムで同じような事件は起きる。やはり、根本的なモラルの浸透がないと制御は難しいのだろう。日本でも道徳観に亀裂が生じているとすれば、それは由々しき事態である。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき／1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL　TEATRO　ラ・リーガ劇場』（いずれも東邦出版）など多数の書籍を出版。2018年３月に『ラストシュート　絆を忘れない』（角川文庫）で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。

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