レーマンの強靭な精神力を表わす一枚の写真
イングランドでは多くのクラブがメンタルコーチを雇っている。だがGKは独特の分野なので、心理学の専門家が対処するのは難しいという。
「GKは特別なポジションなので、心理状態も特殊だ。ひとつのビッグセーブやミス次第で、ヒーローにも悪役にもなり得る。心理学者は心理学を極めていてもGKの難しさは分からない。だからGKには、多くの経験を持つGKコーチが心理面のケアを含めて寄り添うべきだろうね」
心理面での支援が必要なのは、世界のトップレベルでも変わらない。ペイトンは2003年にアーセナルに移籍してきたレーマンが、常にオリバー・カーンとドイツ代表のレギュラーの座を激しく競い合うのを間近で見て来た。
カーンは2002年日韓ワールドカップでMVPを獲得するなど正GKの座を譲らなかったが、レーマンは2005-06年欧州チャンピオンズ・リーグでの決勝進出を機に奪還。2006年自国開催のワールドカップではゴールマウスに立ち続けた。
「一方当時アーセナルでレーマンの控えには、マヌエル・アルムニアがいた。しかしなかなか正GKの座を奪えず、悩んでパフォーマンスにも影響が出ていた。だから私は彼に1枚の写真を見せたんだ。それはレーマンがドイツ代表のベンチから、自分が何よりも欲しい背番号1のユニホームを着たカーンがウォームアップをする光景を凝視しているものだった。そして私はドイツ代表でレーマンが正GKの座を奪うまでの決意や精神力について話した。それからアルムニアは初心に帰って努力を続け、レーマンがチームを去るまで集中力を切らせることがなかった」
ペイトンが日本のGKを見て感じたのは、むしろ身体的、技術的な要素より、精神面の不安定さだった。
「日本の選手たちは、トレーニングの狙いを素早く理解し一生懸命努力する。ゲームも読めるし、フィジカルも悪くない。ところが日本でナンバーワンの権田でさえ、代表戦で自信を深めてクラブに戻ったはずなのに、J1のリーグ戦ではエリア外からのシュートに冷静な対処ができなかった。自信を深めればリラックスして冷静になれるはずなのに、判断に迷いが出て代表戦前の心理状態に戻ってしまっていた」
これは若年層からの育成過程に大きな要因があるのではないかと、ペイトンは見ている。(文中敬称略)
■プロフィール
ジェリー・ペイトン
1956年5月20日生まれ、英国バーミンガム生まれ。現役時代はバーンリーでキャリアを開始し、フルアム、ボーンマス、エバートン、ウェストハムなどで活躍。アイルランド代表としては33試合に出場し、90年ワールドカップのアイルランド8強メンバーのひとり。94年に引退後は指導者に転身し、95年~97年に磐田、97~98年に神戸、2018~19年に清水で指導にあたる。アーセン・ヴェンゲルが指揮を執ったアーセナルでは、2003~18年まで15年にわたりGKコーチを務めた。またイングランドでは、アストン・ビラのエミリアーノ・マルティネスを育てたのが最後の仕事だった。
取材・文●加部究(スポーツライター)
※第2回に続く。次回は4月20日に公開します。
「GKは特別なポジションなので、心理状態も特殊だ。ひとつのビッグセーブやミス次第で、ヒーローにも悪役にもなり得る。心理学者は心理学を極めていてもGKの難しさは分からない。だからGKには、多くの経験を持つGKコーチが心理面のケアを含めて寄り添うべきだろうね」
心理面での支援が必要なのは、世界のトップレベルでも変わらない。ペイトンは2003年にアーセナルに移籍してきたレーマンが、常にオリバー・カーンとドイツ代表のレギュラーの座を激しく競い合うのを間近で見て来た。
カーンは2002年日韓ワールドカップでMVPを獲得するなど正GKの座を譲らなかったが、レーマンは2005-06年欧州チャンピオンズ・リーグでの決勝進出を機に奪還。2006年自国開催のワールドカップではゴールマウスに立ち続けた。
「一方当時アーセナルでレーマンの控えには、マヌエル・アルムニアがいた。しかしなかなか正GKの座を奪えず、悩んでパフォーマンスにも影響が出ていた。だから私は彼に1枚の写真を見せたんだ。それはレーマンがドイツ代表のベンチから、自分が何よりも欲しい背番号1のユニホームを着たカーンがウォームアップをする光景を凝視しているものだった。そして私はドイツ代表でレーマンが正GKの座を奪うまでの決意や精神力について話した。それからアルムニアは初心に帰って努力を続け、レーマンがチームを去るまで集中力を切らせることがなかった」
ペイトンが日本のGKを見て感じたのは、むしろ身体的、技術的な要素より、精神面の不安定さだった。
「日本の選手たちは、トレーニングの狙いを素早く理解し一生懸命努力する。ゲームも読めるし、フィジカルも悪くない。ところが日本でナンバーワンの権田でさえ、代表戦で自信を深めてクラブに戻ったはずなのに、J1のリーグ戦ではエリア外からのシュートに冷静な対処ができなかった。自信を深めればリラックスして冷静になれるはずなのに、判断に迷いが出て代表戦前の心理状態に戻ってしまっていた」
これは若年層からの育成過程に大きな要因があるのではないかと、ペイトンは見ている。(文中敬称略)
■プロフィール
ジェリー・ペイトン
1956年5月20日生まれ、英国バーミンガム生まれ。現役時代はバーンリーでキャリアを開始し、フルアム、ボーンマス、エバートン、ウェストハムなどで活躍。アイルランド代表としては33試合に出場し、90年ワールドカップのアイルランド8強メンバーのひとり。94年に引退後は指導者に転身し、95年~97年に磐田、97~98年に神戸、2018~19年に清水で指導にあたる。アーセン・ヴェンゲルが指揮を執ったアーセナルでは、2003~18年まで15年にわたりGKコーチを務めた。またイングランドでは、アストン・ビラのエミリアーノ・マルティネスを育てたのが最後の仕事だった。
取材・文●加部究(スポーツライター)
※第2回に続く。次回は4月20日に公開します。