【あの日、その時、この場所で】川淵三郎/前編 Jリーグは2DKの一室から始まった

カテゴリ:Jリーグ

増島みどり(スポーツライター)

2019年10月17日

想像を絶する苦労。「本当に手さぐりで、手さぐりで…」

「坂道だけは覚えている」。当時を懐かしむ雰囲気はその背中からも感じ取れた。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

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 日本では使われていなかった「チェアマン」(理事長)の名称はよく知られる。他にもプロ野球で使われていた「フランチャイズ」。興行権の意味合いが強く、サッカーで使うには違和感がある。様々な表現を考え、一度は「本拠地」としたが、どこか馴染めず新しさもない。事務局、関係者が議論した結果、最後は「ホームタウン」となった。ホームタウンにはまさに新しい響きが備わり、その後、スポーツが企業を離れ、地域がスポーツを盛り上げるといった日本社会の構造的な転換にも影響力を発揮した。91年11月に発表されたリーグ名も、新しいものだった。
 
「この場所は、本格的に準備に取り掛かろうとした、言ってみれば勝負が始まった場所だったと思う。段取りの時代といってもいいのかもしれない。何もかもか手探りだったけれど、とにかく色々な場所に出掛けて説明して、対話をして、理解を得る、それを繰り返す毎日だった。社団の名前を決める際も、(当時)文部省からプロ野球は、機構、と漢字を使っており、プロサッカーリーグ、とカタカナで表記するのは社団の名前では前例がないと説明された。それまで企業の福利厚生費や広告宣伝費でまかなわれていたサッカークラブの運営費も、プロになって、企業の出費としてどう課税されるのかも調べる必要があった。国税庁を訪ねて話を聞いたり、資料を読んだり……本当に段取りのためにあちこち走り回ったね。ただバブル期の頂点だったので、経済面では強気で考えられたし、クラブを持つ企業は、僕らが官公庁で何か交渉する際は必ず、役員クラスの助言や紹介の根回しをして下さったんで、皆さんに理解して頂くのは案外早い印象だった」
 

Jリーグの開幕セレモニー(93年5月15日/V川崎×横浜戦)での開会宣言。ここに至るまで川淵氏は「手さぐり」を重ねた。写真:Jリーグフォト

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 当時54歳、古河電工から古河産業に出向しており、仕事を抱えながら週4回は事務所に足を運んだ。古河産業の日本橋オフィスから事務所に行き、時には、事務所がひと段落するともう一度会社に戻って業務をこなし千葉へ帰宅する日もあった。
 
 一口坂(ひとくちざか)の傾斜はとても緩やかで、外堀通りから事務所を目指して坂を上っていく時間はほんの少しだけ歩みを遅らせ、プロリーグは一体どんなものになるのだろうか、と考え事をするのに適していたのかもしれない。
 
 取材の終わりに、もう一度、坂道を振り返って見つめた。
 
「坂道だけは覚えている。あの頃、日本サッカーの未来を考え意気揚々と、なんていう明るい気持ちじゃなくて、かといって不安だけでもなかった。何か確信を持って段取りしていたわけではなかったから、本当に手さぐりで、手さぐりで……坂道を、沈思黙考(黙って深く考える様子)で上がっていた。そんなところだろうか」
 
 沈思黙考の坂道を数か月で離れ、1991年11月、文部省が当初賛成しなかったカタカナで「日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)」が設立される。川淵は30年勤務した古河電工を退社し、「初代チェアマン」に就任した。Jリーグ開幕まで1年半となっていた。
 
取材・文:増島みどり(スポーツライター)
 
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