• トップ
  • ニュース一覧
  • ACL決勝の知られざる舞台裏――チームマネージャーが語るUAE戦記【日本サッカー・マイノリティリポート】

ACL決勝の知られざる舞台裏――チームマネージャーが語るUAE戦記【日本サッカー・マイノリティリポート】

カテゴリ:Jリーグ

手嶋真彦

2024年09月19日

バトンを繋いでいく積み重ねが強いクラブを作っていくのでは

ベンチから戦況を見守るチームマネージャーの飯尾(前列右端)。「UAEでは感情がすごく入ってしまった」と語った、その理由とは――。(C)1992 Y.MARINOS

画像を見る

 UAEの時刻で22時、日本時間では深夜3時頃、23-24シーズンのACL王者が決まり、優勝セレモニーが繰り広げられるなか、飯尾はある選手の振る舞いに目を奪われていた。

 ゴール裏から声援を送ってくれたF・マリノスのファン・サポーターたちと真摯に向き合い、深々とお辞儀をしているのは、キャプテンの喜田拓也だ。小学生の頃からF・マリノス一筋というクラブ生え抜きの喜田を、飯尾はコーチとして直接指導したわけではないが、そのキャプテンシーはよく知っている。

 誰よりもリーダーシップがあり、責任感が強く、献身的。クラブ愛が深く、ファン・サポーターを大事にしているからこそ、強烈な無念を背負い込む喜田の背中を、飯尾はその目に焼き付けた。

 誰の人生にも無数の「もし」がある。飯尾の父は中学校の教員で、野球部の顧問でもあった。実家の居間ではプロ野球中継が流れていて、2歳年下の弟は野球部に入部した。子どもたちの意思を尊重し、息子のひとりにはサッカー一色の少年時代を過ごさせてくれたその父親に、飯尾は一度だけ強く諭されたことがある。

 大学生の飯尾は卒業後の進路として、父親と同じ教員という選択肢も持っていた。教員そのものというよりは、サッカー部の顧問になれたらいいと。

「教師になって、お前は何がしたいんだ? クラスの担任を任されたら、サッカー部以外の生徒のこともきちんと見てあげなければいけない。教員の使命を、勘違いしているのではないか?」

 大事なのは生徒一人ひとりとどう向き合い、どのように指導していくか。父親からのその助言もまた、学校の教員ではない道へと飯尾を導いた。

 23-24シーズンのACLアウェー事前視察で5か国・6都市を訪れた飯尾は、サッカーが持つ力を何度も目の当たりにしたと振り返る。中国で、フィリピンで、タイで、このスポーツは現地の人々を熱狂させていた。

 ACLが惜しくも準優勝に終わったあとも、飯尾は考えている。日本でもサッカーが生活の一部として浸透している未来へ、日産スタジアムをいつも満員にできている横浜F・マリノスの未来へ、自分に何ができるのか――。
 
「ありがたいことに、僕らは次のチャンスを掴(つか)んでいます」

 9月に開幕する24-25シーズンのACLエリート(新たなフォーマットとなるAFCコンペティションの最上位の大会)だ。飯尾の気持ちはすでに決まっている。

「チームマネージャーとしての経験を通して得られた知見を、繋いでいかなければならないと思うようになりました。次のACLエリートから、チームマネージャーは彩貴(鈴木)に担当してもらい、自分はサポートに回るつもりです」

 チームマネージャーの職務に伴う権限の大きな価値を実感できたからこそ、それを早期に移譲するという前向きな選択なのだろうか?

「そのとおりです。貴重な何かを得られる役割だからこそ、別のスタッフに繋ぎたい。おそらくバトンを繋いでいくその積み重ねが、強いクラブを作っていくのではないでしょうか。みんなで作り上げていくのが、強さだと思っているので」

 コーチとして普及に携わり、運営を担当し、チームマネージャーも務めた飯尾はその折々で実感してきたのだろう。サッカーには様々な携わり方があることを。プレーする、指導する、場を提供する、調整する、観る、支える、語り合う...。

 神奈川県茅ケ崎市出身の飯尾は、茅ケ崎市サッカー協会からの推薦でC級ライセンスを取得している。飯尾が受講した講習会のインストラクターは、全員F・マリノスのコーチ陣だった。「日本サッカー界の発展のために、インストラクターを惜しみなく提供していく」。それがF・マリノスというクラブの方針だったと、飯尾は後日知ることになる。

 鮮明に記憶しているのは飯尾自身がF・マリノスのコーチとなり、クラブのエンブレムがあしらわれたスタッフウェアを最初に支給された日のことだ。

「よーしと責任感が生じ、自分にできることを、クラブに少しでも貢献できるようにやっていこうと決めました」

 飯尾との長時間の対話を通して筆者が感じずにいられなかったのは、役割にとらわれず、どうすればF・マリノスに最大の貢献ができるかという、きわめて純度の高い献身性のような思いだった。見据えているのは、F・マリノスがもっと強く、もっと熱いクラブになっているそんな未来であり、その未来に向けて飯尾自身に何ができるのか――。

「地道なホームタウン活動や普及活動もそうですし、広報活動やプロモーション活動もそうでしょう。自分の強みをどこで出していくか、もっと考えながら、もっと強くて熱いクラブにしていきたいと、今回のACLをきっかけに、未来から逆算して考えるようになりました」

 飯尾がF・マリノスの一員となるプロコーチのセレクションは、およそ100名中合格者は7名だけという狭き門だった。指導実績が豊富だったわけではなく、プロ選手としての経歴も持たない大学生の飯尾がなぜ突破できたのか。

 採用の経緯を知る先輩のコーチによれば、「明るく、楽しい雰囲気の練習を作り出せる。頭でっかちにならず、わかりやすく選手に伝えられる。自分のそういうところを見てくださっていたようです。お酒の席で教えてもらった話ですので、どこまで本当なのかは、わかりませんが(笑)」

 プロコーチになった飯尾は、やがて指針を持つようになる。そのひとつはF・マリノスの先輩コーチから最初は“口伝”されたものだった。

「何のために練習するか? やっぱり楽しむためだよね。何歳になっても、いつまでも、サッカーを楽しめるように、練習して、技術を磨く。サッカーって失敗する回数が多いスポーツだよな。だからこそ大前提に“楽しむ”がなければ、とくに小学生年代の子どもたちは練習の苦しさに立ち向かえない。もちろん楽しさの意味を履(は)き違えてはいけないよ。サッカーを上達していく楽しさだ」

 普及に長く携わってきた飯尾には、裾野をもっと広げていきたい思いもある。

「子どもたちがサッカーをもっと好きになれば、自然と親御さんももっと興味を持ってくれる。サッカーの楽しさをもっと知ってもらえたら、もっと応援してもらえるかもしれません」

 クラブの生え抜きだからこそ精製できたに違いない純度の高い思い、横浜F・マリノス愛とも表現できる情熱や気概を見え隠れさせながら、飯尾は飯尾だからこそ担える役割をこの先も笑顔で背負っていくはずだ。(文中敬称略)

取材・文●手嶋真彦(スポーツライター)

※サッカーダイジェスト2024年9月号から転載

【画像】ゲームを華やかに彩るJクラブ“チアリーダー”を一挙紹介!

【記事】「スポーツ産業がもっと稼げるように」サッカー界から飛び出した営業パーソン【日本サッカー・マイノリティリポート】

【記事】最新テクノロジー×地道な伝播活動で、アビューズも理不尽もないスポーツへ【日本サッカー・マイノリティリポート】
 
【関連記事】
商工会議所の職員が切り開く新たな道。勇気を振り絞った可能性への挑戦の記録【日本サッカー・マイノリティリポート】
「スポーツ産業がもっと稼げるように」サッカー界から飛び出した営業パーソン【日本サッカー・マイノリティリポート】
NOと言えない子どもたちがいない世界へ。スポーツをエンパワーのツールとして活用【日本サッカー・マイノリティリポート】
小江戸川越のサッカーチームから生まれた、コエドによるまちづくりの新たな取り組み【日本サッカー・マイノリティリポート】
最新テクノロジー×地道な伝播活動で、アビューズも理不尽もないスポーツへ【日本サッカー・マイノリティリポート】

サッカーダイジェストTV

詳細を見る

 動画をもっと見る

Facebookでコメント

サッカーダイジェストの最新号

  • 週刊サッカーダイジェスト 王国の誇りを胸に
    4月10日発売
    サッカー王国復活へ
    清水エスパルス
    3年ぶりのJ1で異彩を放つ
    オレンジ戦士たちの真髄
    詳細はこちら

  • ワールドサッカーダイジェスト 特別企画
    5月1日発売
    プレミアリーグ
    スター★100人物語
    絆、ルーツ、感動秘話など
    百人百通りのドラマがここに!
    詳細はこちら

  • 高校サッカーダイジェスト 完全保存版
    1月17日発売
    第103回全国高校サッカー選手権
    決戦速報号
    前橋育英が7年ぶりの戴冠
    全47試合&活躍選手を詳報!
    詳細はこちら

>>広告掲載のお問合せ

ページトップへ