「感覚」だけでやっていける選手はそう多くない。
ここで今日の一言
『優れた料理人は味見はしない…?』
そんな「感覚」の話を、僕は横浜のとある中華の店で、美味しい料理を食べながらしたことがあった。
僕が知るなかでは、今まで食べことのある中華のなかでも、一番と言っても過言ではないお店だ。そこはお父さんがひとりで料理を作り、彼のお母さんがその料理を運ぶ。そんなに頻繁に行けるお店ではないが、知人と一緒に行った際、店長がテーブル席に来て話に加わってくれた。
そこで僕のサッカーにおける感覚の話をひとしきり聞いてくれた料理長は、こう言ったのだ。「僕はタバコを吸う」と。
「料理人は味覚が鈍るから『タバコを吸ってはいけない』と言われるけど。俺はタバコを吸うんだよ」
そして店長は続けた。
「でも俺はタバコを吸っても大丈夫。だって味見しないから(笑)」
さらに、店長はこう言うのだ。
「俺は感覚だけで作っているからね」
びっくりした。僕が日本で一番美味しいと思っている中華は、なんと味見なしで作られていたのだ。そして店長も「感覚は教えられない」と言っていた。
僕は店長の話を聞いてこう思った。感覚で作っているとは言うものの、店長が麻婆豆腐の味を知っているからこそこんなにも美味しい料理ができ上がるのだ。麻婆豆腐の味を知らない人が美味しい麻婆豆腐を作れるわけがない(ちなみにその店で麻婆豆腐は出たことはない……。たとえ話である)。
サッカーに話を戻そう。
サッカーの原理原則を知らなくて、サッカーのセオリーを知らなくて、戦術戦略を理解しようとしない選手が、自分の感覚だけでプレーできるわけがないということなのだ。
だから、プロであっても指導者はもっと根本的なことから教えていかなければならないのだと思う。その選手が持つセンスを、つまりポテンシャルをさらに発揮させたければ「サッカー脳」を鍛えることが必要になる。
正直に言えば、まだタイの選手は「サッカー脳」が高いとは言えない。しかし「自分はサッカー脳が高い」と思っている日本人選手にも同じことは言えるし、「まだまだ足りないのでは……」と思って努力すべきだろう。自分の「感覚」を信じることももちろん大切だが、感覚だけでやっていける選手はそれほど多くないはずだ。
感覚だけでプレーして、許せる選手は今であればメッシとクリスチアーノ・ロナウドくらいか。オシムさんであれば、このふたりでさえも“サッカー”を教えたら、もっと上手くなると言いそうだが。
感覚でプレーする選手たちのポテンシャルをさらに引き出し、その選手たちでチームを勝利に導けたら、指導者としてこれ以上に嬉しいことはない。
それこそが、究極の仕事だと僕は思う。
2015年3月8日
三浦泰年
『優れた料理人は味見はしない…?』
そんな「感覚」の話を、僕は横浜のとある中華の店で、美味しい料理を食べながらしたことがあった。
僕が知るなかでは、今まで食べことのある中華のなかでも、一番と言っても過言ではないお店だ。そこはお父さんがひとりで料理を作り、彼のお母さんがその料理を運ぶ。そんなに頻繁に行けるお店ではないが、知人と一緒に行った際、店長がテーブル席に来て話に加わってくれた。
そこで僕のサッカーにおける感覚の話をひとしきり聞いてくれた料理長は、こう言ったのだ。「僕はタバコを吸う」と。
「料理人は味覚が鈍るから『タバコを吸ってはいけない』と言われるけど。俺はタバコを吸うんだよ」
そして店長は続けた。
「でも俺はタバコを吸っても大丈夫。だって味見しないから(笑)」
さらに、店長はこう言うのだ。
「俺は感覚だけで作っているからね」
びっくりした。僕が日本で一番美味しいと思っている中華は、なんと味見なしで作られていたのだ。そして店長も「感覚は教えられない」と言っていた。
僕は店長の話を聞いてこう思った。感覚で作っているとは言うものの、店長が麻婆豆腐の味を知っているからこそこんなにも美味しい料理ができ上がるのだ。麻婆豆腐の味を知らない人が美味しい麻婆豆腐を作れるわけがない(ちなみにその店で麻婆豆腐は出たことはない……。たとえ話である)。
サッカーに話を戻そう。
サッカーの原理原則を知らなくて、サッカーのセオリーを知らなくて、戦術戦略を理解しようとしない選手が、自分の感覚だけでプレーできるわけがないということなのだ。
だから、プロであっても指導者はもっと根本的なことから教えていかなければならないのだと思う。その選手が持つセンスを、つまりポテンシャルをさらに発揮させたければ「サッカー脳」を鍛えることが必要になる。
正直に言えば、まだタイの選手は「サッカー脳」が高いとは言えない。しかし「自分はサッカー脳が高い」と思っている日本人選手にも同じことは言えるし、「まだまだ足りないのでは……」と思って努力すべきだろう。自分の「感覚」を信じることももちろん大切だが、感覚だけでやっていける選手はそれほど多くないはずだ。
感覚だけでプレーして、許せる選手は今であればメッシとクリスチアーノ・ロナウドくらいか。オシムさんであれば、このふたりでさえも“サッカー”を教えたら、もっと上手くなると言いそうだが。
感覚でプレーする選手たちのポテンシャルをさらに引き出し、その選手たちでチームを勝利に導けたら、指導者としてこれ以上に嬉しいことはない。
それこそが、究極の仕事だと僕は思う。
2015年3月8日
三浦泰年