93年のドーハでの敗戦は、僕の人生にとっても、日本サッカー界にとっても、もしかしたら日本人にとっても、大きな経験となって今があるのかもしれない。
 
　ただ、試合を戦った僕は、あの出来事を「経験」という言葉に置き換えて振り返ることができない。それほど懸けているものが大きかったし、結果が求められるのがプロならば、なおさら「経験」のひと言で片付けてはいけないはずだ。
 
　その僕が今、改めて「無駄な経験などない」と思うのには理由がある。
 
　僕が監督に就任してから行なったチェンマイFCのセレクションには、何人もの日本人選手が受けに来てくれた。日本人選手だけではない。他の国を含めれば、どれだけ多くの若者が狭き門を目指して、わざわざここチェンマイまで足を運んでくれたか……。
 
　それも自分自身でタイに渡る費用を捻出し、挑戦に来てくれたのである。最終的には、ほとんどの選手が帰ることになった。そして今回、おそらくは日本人選手の獲得もないだろう。
 
　若くしてチームを失い、新たな道を探るべくタイへ渡るのは簡単なことではない。そのうえ、Jリーグのトライアウトとは異なり、しっかり組織されたものではないから、選手としても不安なことが多かっただろうし、僕が事前練習で選手を確認してセレクションに合わせてメンバーを組んでいても、当日にクラブの都合でスケジュールが変更されたりもした。できればそんな経験はしたくないだろう。
 
　選手にとっては理不尽だらけの環境だ。それでも彼らは帰国する際、律儀に僕にメールをくれた。当然悔しい想いをしているはずなのに、その文面は「ありがとうこざいました」という感謝のそれだ。僕は彼らに返す言葉がなかった。今言えるのは「無駄な経験などない」ということだけだ。
 
　そしてだからこそ、セレクションを受けに来てくれた選手たちには、今回の苦い経験を単なる「経験」で終わらせてほしくない。プロとして生き残っていくには、「結果」が必要だ。それは、アジアカップで敗れた日本代表にも言える。次のステージで結果を出せるように、今後の彼らの活躍を願うしかない。
 
　僕もこのタイでの日々が、いつかかけがえのない経験となるよう前進するのみだ。
「人生に無駄な経験は存在しない」。僕はそのことを、ここチェンマイFCで結果を残すことで証明していきたい。プロの監督として……。
 
2015年１月25日
三浦泰年
 
■タイ・ディビジョン１リーグが２月14日に開幕!!
 
　いよいよタイ・ディビジョン１リーグ（２部リーグ）が２月14日に開幕する。三浦監督率いるチェンマイFCは、アウェーでソンクラー・ユナイテッドと対戦。ティンスラノン・スタジアムで現地時間の18時にキックオフされる。

　また、２月１日にはチェンマイでキャンプを張る名古屋グランパスとの練習試合が予定されている。こちらも注目だ。