サーファーのような青年が9年でW杯MVPに――現役引退のフォルランの若き日を回想【南米サッカー秘蔵写真コラム】

カテゴリ:ワールド

ハビエル・ガルシア・マルティーノ

2019年08月12日

父親のコネを使わずにあえて厳しい環境に身を置いた

インタビューカットでクールに決めるフォルラン。この9年後に彼は世界の大舞台で躍動する。 (C) Javier Garcia MARTINO

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 あとでインタビューの内容から、彼が有名なプロサッカー選手の息子であること、裕福な家庭で育てられたこと、プロテニス選手を目指していた時期もあったことを知り、ちょっと驚かされた。

 コネを使えば父親がプレーしたペニャロールとサンパウロに入団することも可能だったはずなのに、あえて競争の激しいアルゼンチンの名門の下部組織に入ったことや、富豪層が利用するスポーツクラブで小さい頃からテニスをするような環境で育ったとは思えないほど気取ったところが全くないことが意外に思えたからだ。

 続く2001年のトルネオ・アペルトゥーラ(2001-2002前期リーグ)で11ゴールをマークして得点ランキングで2位となったフォルランは、翌年にはウルグアイA代表でデビューした。

 その後、マンチェスター・ユナイテッドに移籍してしまい、(度々言うが)海外のサッカーをほとんど観ない私は、それから彼がどこで何をしているのかを知らずにいた。ビジャレアルで大活躍したことも風の噂で聞いた程度だったのだが、彼の偉大さを再確認したのは、やはり2010年に南アフリカで開かれたワールドカップの時だ。

 あの大会ではアルゼンチン代表ばかり追っていたためにウルグアイの試合を撮影できなかったのだが、行く先々で自分がウルグアイ人だとわかる度に現地の人たちから「フォルランは素晴らしい」と言われ、あのサーファーのような若者がワールドカップでMVPに選ばれた時には感慨深いものがあった。

 それだけに、2011年のコパ・アメリカでウルグアイが優勝し、彼が祖父、父に続いて3代で南米王者に輝く功績を成し遂げた時、どれほど感動したかは想像していただけるだろう。

 今後は、9か国10チームでプレーし、ウルグアイ代表としてワールドカップとコパ・アメリカでそれぞれ3度出場した経験を活かして、ぜひとも母国で指導者として新しいキャリアに挑戦してほしい。

文●ハビエル・ガルシア・マルティーノ text by Javier Garcia MARTINO
訳●チヅル・デ・ガルシア translation by Chizuru de GARCIA

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