オーストラリア戦のハリルは「腰抜け」ではなく、完璧な策士。

182センチのカシージャス(写真)どころか、170センチ台でも優秀なGKは世界に存在している。もちろん、そんなことはハリルも分かっているはずだ。彼の場合、何かを訴えようとすると、その表現が極端過ぎて要らぬ騒ぎを起こしてしまうきらいがある。 (C) Getty Images
しかし、ハリルホジッチに対する人間的な嫌悪感に振り回され、見失ってはいけないものもある。
直近のオーストラリア戦、ハリルホジッチは戦術的にほぼ完璧なプランを練っている。最終ラインの設定は高めに保ち、長谷部誠を中心にしたブロックを編成し、サイドハーフはサイドを封鎖し、そしてカウンターの強度を高めていた。
先制点の場面、原口元気のパスカットからフィニッシュまでの速度と精度は評価されて然るべきだろう。間違いなく、健闘したドローだった。
ところが、世論は全方位的に批判した。専門家までも「腰抜け」と言わんばかりの叩き方である。感情的過ぎて、議論が深まらない。
交代策に関しては、確かに選手たちが消耗していた印象はある。勝点3を狙うなら、道理に合わない交代もあった。
しかしどう見ても、ハリルホジッチは勝点1狙いに切り替えていた。チーム全体が疲労困憊し、ポジションを動かし、総攻撃に打って出るのはリスクが高かった。何より試合プランからして、無理に勝利を目指した布陣ではない。
「勝点2を失った」という監督の発言は、“2点目をもっと早い段階に取れた”という悔恨だったのだろう。
無論、ハリルホジッチの言葉はどれも説明が足りず、もしくは説明し過ぎて弁明や言い訳になってしまうことがある。その言葉尻をまた捉えられる、という稚拙なマネジメントによって、最悪の連鎖を作り出しているのは事実だ。
しかし、オーストラリア戦のようにタクティクスを仕上げるのは簡単ではない。機能した戦術まで悪しく語るべきではないだろう。日本人に合っているか、世界で戦えるかは、これから見極めるべきだ。
もちろん筆者は、その戦い方がベストだとは思えない。日本人の特性を考えたら、ボールを持たせるだけでなく、ボールを持つプレーの精度も高めるべきで、まだ着地点を見つける必要はある。そのためには、今のメンバー選考や起用は改善の余地があるだろう。
ただ、叩くことに没頭すべきではない。冷静に評価する視点も、失うべきではないだろう。
文:小宮 良之
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数の書籍を出版しており、2016年2月にはヘスス・スアレス氏との共著『「戦術」への挑戦状 フットボールなで斬り論』(東邦出版)を上梓した。
直近のオーストラリア戦、ハリルホジッチは戦術的にほぼ完璧なプランを練っている。最終ラインの設定は高めに保ち、長谷部誠を中心にしたブロックを編成し、サイドハーフはサイドを封鎖し、そしてカウンターの強度を高めていた。
先制点の場面、原口元気のパスカットからフィニッシュまでの速度と精度は評価されて然るべきだろう。間違いなく、健闘したドローだった。
ところが、世論は全方位的に批判した。専門家までも「腰抜け」と言わんばかりの叩き方である。感情的過ぎて、議論が深まらない。
交代策に関しては、確かに選手たちが消耗していた印象はある。勝点3を狙うなら、道理に合わない交代もあった。
しかしどう見ても、ハリルホジッチは勝点1狙いに切り替えていた。チーム全体が疲労困憊し、ポジションを動かし、総攻撃に打って出るのはリスクが高かった。何より試合プランからして、無理に勝利を目指した布陣ではない。
「勝点2を失った」という監督の発言は、“2点目をもっと早い段階に取れた”という悔恨だったのだろう。
無論、ハリルホジッチの言葉はどれも説明が足りず、もしくは説明し過ぎて弁明や言い訳になってしまうことがある。その言葉尻をまた捉えられる、という稚拙なマネジメントによって、最悪の連鎖を作り出しているのは事実だ。
しかし、オーストラリア戦のようにタクティクスを仕上げるのは簡単ではない。機能した戦術まで悪しく語るべきではないだろう。日本人に合っているか、世界で戦えるかは、これから見極めるべきだ。
もちろん筆者は、その戦い方がベストだとは思えない。日本人の特性を考えたら、ボールを持たせるだけでなく、ボールを持つプレーの精度も高めるべきで、まだ着地点を見つける必要はある。そのためには、今のメンバー選考や起用は改善の余地があるだろう。
ただ、叩くことに没頭すべきではない。冷静に評価する視点も、失うべきではないだろう。
文:小宮 良之
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数の書籍を出版しており、2016年2月にはヘスス・スアレス氏との共著『「戦術」への挑戦状 フットボールなで斬り論』(東邦出版)を上梓した。