マンチェスター・シティのFWセルヒオ・アグエロが先日、今シーズン限りでの退団をSNSで発表した。

　2011年夏の入団から10年。20ゴール超えを６度も達成したプレミアリーグでは得点王に一度輝き、積み上げた通算257ゴールはクラブレコードだ。ビッグクラブの仲間入りを果たした近年のシティの発展に、最も大きな貢献を果たしたレジェンドと言っていい。

　好きなゴールがある。クラブに44年ぶりのリーグタイトルをもたらした11-12シーズン最終節、QPR戦の93分20秒に突き刺したあの一撃だ。「専門誌の編集長にしては芸のない選択だ」と突っ込まれそうだが、ドラマチックなゴールだったことがその大きな理由ではない。

　好きなプレーと言い換えたほうが適切だろうか。2-2で迎えた試合終了間際。優勝を手繰り寄せるにはもう１点を加えなければならない絶体絶命の状況だった。ピッチの中央レーン、ペナルティーアークより5メートルほど後方の位置でボールを受けたアグエロは、前方のマリオ・バロテッリに縦パスを送る。右斜めに走りながら折り返しを収め、そこからフィニッシュワークに移行していくのだが、シュートする直前に相手DFタイエ・タイウォのスライディングタックルを受けているのだ。

　スロー映像で確認すると、アグエロの右足首にタイウォのスパイクが危険な角度で入っていた。さらに２人の敵がシュートブロックしようと追ってきていただけに、倒れてPKを狙う選択肢もあったはずだ。だが、当時まだ16番（現在は10番）を背負っていた入団１年目の若きエースは、迷う素振りも見せず次の一歩を力強く踏み出してシュートモーションに入ると、豪快に右足を振り抜いた。

【動画】危険なタックルを受けながらも…アグエロがQPR戦で決めた伝説のゴール

　あのプレーが、倒れずに決め切ろうとしたあの姿勢が好きなのだ。ストライカーとしての誇りや覚悟を、アグエロから感じた瞬間でもあった。

　ピッチ上では巧妙な駆け引きがある。相手を欺いてなんぼの世界だ。勝つためにはきれいごとなんて言っていられない。その気持ちも現実も理解できる。ただ、個人的により共感するのは、心を揺さぶられるのは、みずからが磨き上げた武器をなによりも信じ、真っすぐで潔く、相手へのリスペクトや仕事への矜持が感じられるプレーだ。良し悪しではなく、これは流儀や美徳の話だ。

　そうした流儀や美徳は、サムライスピリットとも表現できるかもしれない。その意味であの瞬間のアグエロは“サムライ”だった。

　今シーズンは怪我や新型コロナウイルス感染の影響などで、満足にピッチに立てない状況が続いている。ただ、あのゴールを、あのプレーを見せられたからこそ、期待してしまう。シティを初のチャンピオンズ・リーグ優勝に導くパフォーマンスを、ふたたびサムライの鋭い一太刀を、アグエロが最後に披露してくれるのではないかと。

文●加藤紀幸（ワールドサッカーダイジェスト編集長）