【連載】小宮良之の『日本サッカー兵法書』 其の十六「ならぬものはならぬ」

カテゴリ:特集

小宮良之

2015年04月30日

礼儀のための礼儀は、勝負の世界では役に立たない。

異能とも言える果敢さでゴールを積み上げるジエゴ・コスタ。傍からはどう見えようと、ストライカーとして彼なりの筋を通し続けている。(C) Getty Images

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 筆者は祖母が会津藩士の家系で、「ならぬものはならぬ」という育て方をされたと思う。ならぬものはならぬ、とは会津藩士を育成した日新館が打ち出した教えのひとつで、「什の掟」の根幹を成している。なぜそうでなくてはならないのか、してはならないのか、理屈では説明されない。
 
「だめなものはだめ」
 
 有無を言わせない。なかなかに理不尽な教えである。2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」でもこの様子は描かれていたが、筆者は子ども心に反発心を抱いたのを覚えている。
 
 しかし教育において、理詰めで説明するのは簡単ではない。個々の案件すべてに関わっていけば、道理が合わない部分も出てきてしまう。
 
「ならぬものはならぬ」
 
 そこで、この言葉が“重し”として用いられたのだろう。
 
 逆説的に言えば、人の好奇心は抑圧によって育まれることもある。やってはならない、それほどの誘惑はないわけで、禁欲的なところにしばしば分別や覚悟は生まれる。子どもの個性を伸ばすには、自由を与えるばかりが良いわけではないということか。
 
 翻って、指導者が選手に対し、人としての正しい道を語るのは簡単ではない。なぜなら各にとって、正しさは十人十色で異なっているからだ。一律にしてしまったら、良さまで消えてしまう。
 
 例えばチェルシーのFWジエゴ・コスタは若い頃、「ボールを持ったらネットに叩き込む」という目的がすべてだった。そのためにやらざるを得なければ、少々の悪辣さも正義とした。彼にとっての正しさはゴールすることだけ。得点した高揚感に煽られたまま、ふざけて身体をくねらせるフェイントをしてマーカーを馬鹿にしたり、戦う者の礼を失った行為に及び、周りとの悶着が絶えなかった。
 
「仲間と戦いを重ねるなか、なにをしていいのか、してはいけないのか。それを俺は学んでいったよ」
 
 ジエゴ・コスタは悪びれずに述懐しているが、集団のなかで身をもって行動の正しさを学んでいった。
 
 しかし、ゴールに対する真剣度や執着は変わっていない。
 
 これは近著「王者への挑戦状」(東邦出版)でも書き記しているが、ジエゴ・コスタには彼だけの正しさというものが歴然としてあるようだった。練習中、ジョギングの時はスパイクのひもを締めているのに、プレーする時にはひもをほどいてしまうという珍行動を取ったことがある。これに首脳陣は「礼儀知らずで、ごろつき同然」と呆れ、見放そうとした。
 
 ところが、よくよく理由を聞いてみると言い分はあった。
 
 ジエゴ・コスタは中足骨のケガから回復したばかりで、まだ痛みがあったという。ひもをきつく縛ると全開でプレーできない。ジョギングはどうでも良いが、プレーは大事で、ゴールこそが仕事である。その大事を成すには、どんな格好であっても痛みがあるよりはない状態の方を選択していた。それは正しい行動か分からないし、常識的ではない。しかし、彼なりの行動規範だった。
 
 少なくとも、首脳陣に叱られるかもしれない、などとは恐れず、世間体のようなものを一顧だにしていない。その果断さはひとつの異能とも言えるだろう。自分にとって正しき道を、ほぼ感覚的に選べる選手がしばしば試合を決めるものだ。とりわけ、ストライカーは瞬間的行動の部分が顕著に出る。ジエゴ・コスタはその点でまったく躊躇がない。だからこそ、咄嗟のプレーをひらめきで上回れる。
 
 もちろん彼の行動は珍妙だし、理解されにくい。だが、正しい道とは時に主観的なものでもある。礼儀のための礼儀は、勝負の世界では役に立たないだろう。
 
「プレーに人間性は出る」
 
 それはサッカー界の通説で、ある種の善良さ、寛容さが求められることを言い表わす。人間として、ピッチでも品高く、徳を持って振る舞うべきなのだろう。しかしなにを持って人間として素晴らしく、正しいのかは議論の余地がある。善良さは、実のところ価値観や道徳観によって幅があるもので、ピッチに立ったら悪逆とも言えるタフネスが仲間を勝利に導くこともある。正しさはひとつではない。
 
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。01年にバルセロナへ渡りライターに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写。近著に『おれは最後に笑う』(東邦出版)。
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