【新連載】小宮良之の『日本サッカー兵法書』 其の壱 「言葉の力」

カテゴリ:特集

小宮良之

2015年01月15日

同じ言葉であっても、状況や経緯や発言者によってまったく違った作用が。

昨季のリーガ・エスパニョーラでアトレティコ・マドリーを王者に導いたシメオネ。彼の言葉により、選手は目の前の仕事に没頭できた。(C)Getty Images

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 言葉は人生を動かす力を持っている。
「ウェンブリーだぞ、今日はフットボールを心ゆくまで楽しんでこい!」
 
 92年のチャンピオンズ・カップ決勝戦前、当時バルセロナを率いていたヨハン・クライフ監督は、そう言ってロッカールームから選手たちを送り出したという。「死ぬ気でやれ」でも、「根性見せろ」でもなかった。ウェンブリーという“最高の遊び場”で好きなようにやってこい。そう言い渡すことで、緊張していた選手は解放され、最後まで戦い抜けたという。それは最高の心理マネジメントだった。
 
 たったひと言が、心を解き放つことがある。
 
 もとより、試合に向けた長く厳しい練習がなければ、その効果は生じないだろう。閉じ込められた心を羽ばたかせることで、超人のような力を出せることがある。怠惰な人間にとっては、クライフの言葉は逃避にしかならない。
 
 アトレティコ・マドリーの指揮官としてリーガ・エスパニョーラを制覇したディエゴ・シメオネは、シーズンをとおして選手たちをこう戒めている。
「決して先を見るな。1試合1試合で、力を出し尽くせ」
 
 明るい未来であれ、暗い未来であれ、先を考えすぎると、不必要な焦りや緊張や力みを生む。目の前の仕事に没頭する。指揮官はそこに一切の妥協を許さなかった。結果として、選手の集中は保たれ、タイトル制覇につながった。
 
 同じ言葉であっても、状況や経緯や発言者によってまったく違った作用がある。ただ、言葉が力を持っていることに変わりはない。
 
 サッカーダイジェストのweb連載としてスタートする「日本サッカー兵法書」では、本誌連載の時と同様、勝負の岐路を言葉にして論じていくつもりである。人生もサッカーも変幻。ゆらゆらとつかみどころはなく、ふわふわと泡のようでもあって、どのようにでも変わっていく。しかし、その一片は言葉として捉えられるはずなのだ。
 
 web連載スタートにあたって、サッカーと人生の変幻についての実体験を記しておこう。
 
 筆者は地味でおとなしい、でもマイペースないわゆる“モテないタイプ”の子どもだった。勉強も、スポーツも、特別に得意だったことはない。小学校5年生の時にサッカー部ができて、『キャプテン翼』の爆発的人気に押し流されるように入った。自分よりも運動神経の良い子はごまんといた。入部者も100人以上いたので、筆者が目立つことはなかったと思う。

 しかし、フェイントを使って1対1から相手を抜くという練習で、大げさに言えば、自分の人生は変わった。それはどこにでもあるような基礎練習で、相手の重心を片足に移動させ、抜き去る、初歩の初歩だった。
 
 ただ、顧問の先生が自分のフェイントを真剣に褒めてくれた。
「おい。いいぞ、お前。相手のバランス崩してるな!」
 
 その口調には、今思い出しても感動してしまう熱があった。真実味がこもっていたというのだろうか。その先生は不真面目な印象で大人に煙たがれていたし、子どもたちからも「やくざ先生」と怖がられ、気味悪がれるところすらあった。そして、すぐに学校をやめてしまったので、実際はどんな人だったかも知らない。
 
 でも、筆者はその先生が何気なく投げたひと言で自信が付いた。それが真実なのである。
 
 人間は単純なものだ。筆者は練習に夢中で取り組むようになった。できなかったプレーもできるようになった。おかげで、レギュラーポジションを取れた……。
 
 そして筆者は今でも密かに考える。
<あの先生の言葉がなかったら、自分がこうしてサッカーについての記事を書いていることはないかもしれない>
 
 そうした経験は多くの人が少なからず持っているのではないだろうか。クライフは伝説的な人物で、だからこそ人の心を動かせた、とも言える。しかし、有名でなくとも言葉が輝きを放つことがある。言葉は行動を生み、行動は再び言葉に変換され、それらはすべてなんらかの意味を持つ。
 
 言葉の力。
 
 それを信じながら、サッカー人生の岐路に読める「兵法書」となるように紡いでいきたい。
 
文:小宮良之(スポーツライター)
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。01年にバルセロナへ渡りライターに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写。近著に『おれは最後に笑う』(東邦出版)。
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