【指揮官コラム】鹿児島ユナイテッドFC監督 三浦泰年の『情熱地泰』|今こそ「郷中教育」のサッカーを!

カテゴリ:連載・コラム

サッカーダイジェストWeb編集部

2018年06月27日

読売クラブはまさに「郷中教育」だった

古巣の東京ヴェルディは、読売クラブ時代に多くの先輩たちからサッカーのイロハを学んだ。(C) SOCCER DIGEST

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 この小さな町が多くの英傑を育んだ要因として薩摩藩独自の「郷中(ごじゅう)教育」というものがあったという。それは武士階級の青少年を一定地域ごと集団化して、その中で年長者が年少者を教育するシステム「教師なき教育」。飛行機内の情報誌で、そんな記事を目にした。
 
 僕が育ったサッカー環境を思い出した。
 
 僕がサッカーをとことんやることになったきっかけは、間違いなく監督でもあり叔父さんでもあった。叔父さんであり、父の弟にあたる人。そしてサッカーをいち早く静岡に持ち込んだのが父であった。
 
 当時、クラブチームは珍しい存在で、城内FCは小中一貫の叔父さんのオリジナルクラブ。
中体連は中学の部活チームとして、夏はクラブチーム化してライバルチームのエース達を連れて城内FCとしてフェスティバルや大会に出場した。幼い頃からそんなクラブの先輩たちを見て育ち、いろんなことを教えてもらいながらサッカー少年としてサッカーが好きになっていった時期だ。
 
 そして僕が選手としてぐっと成長するきっかけになったのが、ブラジルから帰国して入団することが出来た読売クラブ。
 
 このクラブがまさに、「郷中教育」だった(笑)。
監督なき教育――。
 
 先輩たちからたくさんの事が学べ、吸収できる環境であった。ピッチだけではなく、オフ・ザ・ピッチでも多くの事を知り、それがプレーに活かされ人生の糧になったのは間違いない。
 
 当時、現役を引退したばかりのジョージ与那城監督、小見コーチは日本サッカー界での大先輩でもあり、選手メンタリティーに近い指導者であり、立場を超えた心を感じた。
 
 読売クラブのほとんどの選手が僕にとっての年長者であり、憧れの先輩だった。たくさんのことを教わり、公私でお世話になった。
 
 その後、Jリーグが発足し、海外からカリスマと経験を持つサッカー先進国から来た監督から違う角度からのアプローチをかけられ、ブラジル留学を経験していた僕でさえ、また新しい発見と成長に繋がっていった。
 
 そんな現役時代はあっという間であった。
 

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