中田英寿、森本貴幸を指導したイタリアのモンドニコ監督、ガン闘病の末に71歳で逝去

カテゴリ:ワールド

サッカーダイジェストWeb編集部

2018年03月29日

ピッポ・インザーギをスター街道に導いた恩人

シーズン途中での監督就任も多く、厳しい状況のなかで結果を出せずに終わることも多々あったが、戦術家として評価され、そのキャリアはほとんど途切れることなく続いた。写真は昨年5月、フィレンツェにて。 (C) Getty Images

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 3月29日、30年以上にわたって、イタリアの多くのクラブチームを率いていたエミリアーノ・モンドニコ監督が、ガンで逝去した。享年71歳。2011年にガンを患い、手術後は寛解状態だったが、その後、再発して闘病生活を送っていた。
 
 1947年3月9日生まれのモンドニコ監督は、現役時代はウイングとしてクレモネーゼ、トリノ、アタランタなどでプレー。79年に引退し、コーチとして経験を積んだ後、81年からクレモネーゼ(81-86・07-09)で監督としてのキャリアをスタートさせた。

 その後、コモ(86-87)、アタランタ(87-90・94-98)、トリノ(90-94・98-00)、ナポリ(00-01)、コセンツァ(01-03)、フィオレンティーナ(03-04)、アルビノレッフェ(06-07・09-11)、ノバーラ(12)を指揮。1992-93シーズンにはトリノを、コッパ・イタリア制覇に導いた。
 
 アタランタでは、監督就任1年目の87-88シーズンにカップウィナーズ・カップ(かつての欧州3大カップのひとつで各国の国内カップ優勝チームによるコンペティション)で準決勝まで進出。これはこのクラブにとって、欧州カップ戦における最も優秀な成績である。
 
 また96-97シーズン、パルマで燻り続けて放出されたフィリッポ・インザーギの力を高く評価し、彼中心のチームを作った結果、インザーギはリーグ得点王となり、翌シーズンにユベントスへ移籍、以降はミラン、イタリア代表でも活躍し、カルチョの歴史に名を残した。
 
 暗黒時代のナポリや、経営破綻して新たなチームとして歩み出したばかりのフィオレンティーナも指揮。後者ではわずかな期間だが、ボローニャから移籍した中田英寿とともに戦い、最後のクラブとなったノバーラには森本貴幸(現・アビスパ福岡)がいた。
 
 モンドニコ監督の逝去を受け、イタリアの多くのクラブが、ツイッターなどで哀悼の意を表し、彼が最も長く、充実した時期を過ごしたクラブであるアタランタは、指導者としてだけでなく、その人間性も称え、また「初めてアタランタの名を欧州中に広めてくれた」と感謝の言葉を綴っている。
 
 その長きキャリアに敬意を表し、冥福を祈りたい。
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