「クラブユースは上手いけど戦えない」を変えた広島ユースの育成法に迫る!|森山佳郎×岩政大樹#1

カテゴリ:連載・コラム

岩政大樹

2018年03月05日

現役を引退したら、イングランドに留学しようと思っていたが…

対談連載の7回目はU-16日本代表の森山佳郎監督を招いて育成の課題が現状について語り合った。写真:徳原隆元

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 サッカーの未来について考える。語る。
 対談連載の第7回は、森山佳郎さんにお話を伺いました。
 
 私が育った山口県のお隣、広島にサンフレッチェというクラブがあります。Jリーグができた頃、私は親に頼み込んで、ビッグアーチに何度か足を運んでいました。初めて観た試合は今でもすぐに思い出せます。サンフレッチェ広島対鹿島アントラーズでした。
 
 同じ歳の森崎兄弟は小さな頃から中国地方に知れ渡る存在でした。その頃からです。サンフレッチェは育成型クラブとして動き出していました。
 
 それが花開いたのはもう10年以上前になります。ユース年代のタイトルを総なめにし、同時にたくさんの優秀な選手をトップチームに輩出していきました。
 
「Jリーグ優勝」はそのもう少し後。育成型のクラブがトップチームの優勝まで果たすことは世界的にも稀で、その後の日本の他クラブに与えた影響力は計り知れません。
 
 育成と結果。
 同時に成し遂げたサンフレッチェ広島というクラブで、一人の監督さんの名前をよく聞いていました。ユースの監督をされていた森山さんです。今はU-16日本代表の監督になられている御方にお話を伺う時間を頂きました。
    ◆    ◆    ◆
 
岩政大樹 まずは森山さんが指導者になった経緯からお話を伺いたいんですが、選手時代から将来像は描いていたんですか?
 
森山佳郎 元々は体育教員になりたかったんです。だから、学生時代に教員免許も取りました。ただ、サッカー選手になる前は、親と大揉めで(笑)。当時はまだプロサッカー選手が市民権を得ていない時代でしたからね。「3年後には教員になる」という約束で、なんとかサッカーをさせてもらいました。
 
 そういった経緯もあって、選手を辞めたら自然と高校の先生になって、指導に携わりたいなとは思っていました。引退が近くなってC級やB級の資格を取っていくうちに、指導者という将来像がより身近に感じられるようになっていきましたね。
 
岩政 イメージはあったんですね。
 
森山 選手を引退した後に、2年くらいイングランドに留学したいとも思っていました。大学の時にお世話になった小野剛さんがリバプール体育大学に留学されていて、良かったという話を聞いていたからです。リバプールFCもあるし、そういうところで本場のサッカーを学ぶのも面白いかなと。

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