レジェンドの軌跡 THE LEGEND STORY――第1回・シェフチェンコ(元ウクライナ代表)

カテゴリ:PR

サッカーダイジェストWeb編集部

2016年07月07日

欧州中にその名を知らしめたCLバルサ戦でのハットトリック。

新鋭のストライカーとして注目された時代。バルサを撃破した3発のインパクトは強烈だった。 (C) REUTERS/AFLO

画像を見る

 本誌ワールドサッカーダイジェストと大人気サッカーアプリゲーム・ポケサカとのコラボで毎月お送りしている「レジェンドの言魂」では、サッカー史を彩った偉大なるスーパースターが、自身の栄光に満ちたキャリアを回想しながら、現在のサッカー界にも貴重なアドバイスと激励を送っている。
 
 毎回、非常に興味深い同コーナーだが、7月7日発売号に登場するのは、ウクライナの英雄であり、ディナモ・キエフ、ミラン、チェルシーで活躍したスーパーストライカー、アンドリー・シェフチェンコだ。
 
 先のEURO2016では母国代表チームのベンチにその姿が見ることができた彼の、栄光のキャリアをここで、改めて振り返っていこう。
 
――◇――◇――
 
 シェフチェンコが生まれたのは1976年9月29日。当時、ウクライナはまだソビエト社会主義共和国連邦を構成していた国のひとつであり、彼はキエフ州のドヴィルキウシュチナ村で生を受けた。
 
 幼い頃からサッカーを始めたシェフチェンコが当時、最も憧れたのは名門ディナモ・キエフの快足FWで、75年にはあのフランツ・ベッケンバウアーやヨハン・クライフを抑えてバロンドールを受賞したオレグ・ブロヒンだった。
 
 ちなみにこの“憧れの人”とは、後にウクライナ代表で、監督、選手の関係として、母国のために戦うこととなる。
 
 ウクライナといえば、86年4月に世界を震撼させた原子力発電所事故が発生したが、シェフチェンコもこれにより、一家で故郷を離れることを強いられた。
 
 ちなみに少年時代の彼は、サッカーと同時に、ボクシングでも腕の良さを見せていたが、最終的に人を殴ることよりも、ボールを蹴る方を選ぶこととなった。
 
 10歳の時、スポーツ学校の試験を受けるも不合格。しかし、偶然この場にいたディナモ・キエフのスカウトの目に留まり、入団が決まった。そしてその4年後には、U-14のチームとして国際大会に出場して得点王に輝くなど、めきめきと力を付けていった。
 
 リザーブチームでのプレーを経て、94年11月28日、シャフタール・ドネツク戦でトップチームデビュー。当時、キエフは国内で圧倒的な強さを誇っており、シェフチェンコはミランに移籍する99年まで、全てのシーズンでリーグ優勝を勝ち取った。
 
 99年にはリーグ得点王にも輝いた彼だが、その存在が一躍、欧州中に知られるようになったのは、97-98シーズンのチャンピオンズ・リーグ、グループステージでのバルセロナ戦だろう。
 
 アウェーでの一戦、戦前は不利を予想されたが、シェフチェンコは2度もGKビトール・バイーアに空中戦で競り勝って2点を奪った他、PKを決めて前半のうちにハットトリックを決めたのだ。
 
 キエフはこのシーズン、バルサを最下位に蹴落とし、自らは首位で準々決勝まで駒を進めた。

Facebookでコメント

サッカーダイジェストの最新号

  • ワールドサッカーダイジェスト WSD責任編集
    9月11日発売
    欧州クラブ選手名鑑の決定版!!
    2019-2020
    EUROPE SOCCER TODAY
    シーズン開幕号
    詳細はこちら

  • 週刊サッカーダイジェスト サッカーダイジェスト9月26日号
    9月12日発売
    世界が見た「Jリーグ」
    オシムやジーコら
    総勢51名に直撃!
    シンジ&ケンゴも登場!
    詳細はこちら

  • ワールドサッカーダイジェスト ワールドサッカーダイジェスト
    9月19日発売
    現役監督が「ビッグ12」の
    戦力を採点&格付け
    「CL完全読本」
    全32チーム選手名鑑付き!
    詳細はこちら

  • 高校サッカーダイジェスト 高校サッカーダイジェストVol.28
    7月10日発売
    「インターハイ選手名鑑」
    男子出場52校・1040選手の
    顔写真&プロフィールを網羅
    企画満載で女子出場16校も!
    詳細はこちら

>>広告掲載のお問合せ

ページトップへ