EURO92の決勝は、デンマーク対ドイツという、大会前には誰も予想しなかったカードとなった。
 
　出場権を剥奪されたユーゴスラビアに代わり、大舞台に立ったデンマーク。バカンスを途中で切り上げ、大慌てで準備して大会に臨んだ彼らは、グループステージ初戦でイングランドと引き分け、２戦目で開催国スウェーデンに敗れるも、最後にフランスを下して準決勝進出を果たした。
 
　２-１で勝利したフランス戦の前日、首脳陣たちは明日が最後の戦いになると考え、選手たちに外出を許可している。つまり、デンマーク代表の選手、スタッフは、誰も自分たちが勝ち続けるなどと、これっぽっちも考えていなかったのだ。
 
　それは、準決勝でPK戦の末に前回王者のオランダを破った後でも変わらなかった。ここまで勝てたのは奇跡。しかし、決勝の相手であるドイツは昔から分の悪い相手であり、勝てるはずがない――それが、選手、スタッフ、そしてデンマーク国民の考えだった。
 
　ドイツにとってこの大会は、東西統一を果たした後の最初のメジャー大会であり、ベルティ・フォクツ率いるチームには、マティアス・ザマーら数人の旧東ドイツの選手も加わっていた。
 
　しかし、怪我人が続出したドイツの歩みは、決して順調ではなかった。グループステージで、ロシアに引き分け、スコットランドに勝ったまでは良かったが、最終節でオランダに１-３の敗戦。ロシアがスコットランドに不覚を取ったことで、辛うじて準決勝進出を果たした。
 
　それでも準決勝では調子を取り戻し、スウェーデン相手に３-２の勝利を挙げて、決勝戦に駒を進めてきた。
 
　６月26日、イェーテボリのウレビ・スタジアム。デンマークは過去２戦とは違い、慎重な立ち上がりを見せる。それに対し、ドイツは攻勢に出、６分にスルーパスからシュテファン・ロイターが抜け出すが、これをデンマークのGKペーター・シュマイケルが素早い飛び出しで阻んだ。
 
　予想通り、序盤から劣勢のデンマーク。ところが19分、相手ゴール近くでキム・ヴィルフォルトがボールカット、これをフレミング・ポウルセンが流すと、走り込んだヨーン・イェンセンが強烈なシュートを突き刺し、先制してしまった！
 
　またも、見る者に（そして自分自身にも）驚きを与えたデンマークだが、今度は守備で驚異的なプレーを見せる。守護神シュマイケルが、ユルゲン・クリンスマンらの決定的なシュートの数々を、ことごとく防いだのだ。
 
　ドイツが攻勢に立ち続けながらも、スコアが動かないまま試合は79分を迎えた。ここでデンマークはクラウス・クリスチャンセンがドイツの縦パスをカットしてヴィルフォルへパス。ヴォルフォルが相手選手をかわして左足でシュートを放つと、ボールはポストに当たってゴール内に転がった。
 
　絶対に勝てないと考えていた選手たちも、この頃には勝利を確信。攻めるドイツ相手にクリーンシートを守り、代替出場からの欧州制覇を果たした。
 
　グループステージから始まった奇跡の“おとぎ話”はこの日、ついに完結したのである。
 
　選手たちは喜びながらも、この勝利を、本体ならこの舞台に立っていたはずのユーゴスラビアの選手、そして内戦の犠牲になった人々に捧げた。
 
　ちなみにこの決勝戦の前日、デンマークの選手たちは街に繰り出し、マクドナルドでハンバーガーを頬張っていたという。彼らにとっては、この大会の全てが「ボーナス」であり、そのリラックスした精神状態が、奇跡を起こすことを可能にしたのだろう。
 
◎６月26日に行なわれた過去のEUROの試合
◇1992年スウェーデン大会
決勝
デンマーク ２-０ ドイツ
 
◇1996年ドイツ大会
準決勝
チェコ ０（６PK５）０ フランス
ドイツ １（６PK５）１ イングランド
 
◇2004年ポルトガル大会
準々決勝
オランダ ０（５PK４）０ スウェーデン
 
◇2008年オーストリア・スイス大会
準決勝
スペイン ３-０ ロシア
 
※日付は全て現地時間