今、私は試合直後の記者席で本稿を書いているが、パルク・デ・プランスはウェリッシュの、美しくも力強い歌声に包まれている。
ウェールズは初夏の冒険がまだ続き、一方の北アイルランドは物語に終止符が打たれた。だが、どちらの選手もサポーターたちの喝采を浴びている。どちらも初出場。4試合目を戦っただけで大健闘だろう。
北アイルランドの人々は、女房や息子、孫への土産話を抱えて家路につき、ウェールズ人は5試合目のチケット確保や渡航費捻出という嬉しい悩みを抱えることになった。
試合後の清々しさとは裏腹に、試合内容は芳しくなかった。
だが、これは致し方のないことだ。
ウェールズのサポーターたちに話を聞くと、頻繁に「アンダードッグ」という言葉を口にする。小国に住む自分たちは元々、“負け犬”であり、強者に食らいつくことを身上とするという意味だ。
予選から本大会のグループステージまで、ウェールズは一貫して「アンダードッグ」の姿勢を貫いてきた。
クリス・コールマン監督は、対戦相手の力を抑えることを主眼に置き、試合ごとにメンバーや布陣を変え、堅実な守備からの反転速攻、トドメにガレス・ベイルの一発というかたちで強豪を倒してきた。
だが、大会随一の「アンダードッグ」と言って良い北アイルランドが相手となったこの試合で、ウェールズは“強者”の立場になってしまった。
ウェールズは、ボールを支配して守備を固めた敵を崩すという、今まで経験したことのない難題に直面した。チームはリズムを崩し、むしろ北アイルランドに押し込まれるシーンが相次いだ。
この苦境を救ったのが、コールマン監督だ。延長突入、さらには怪我人が出るというリスクを承知で、速い時間帯に2枚のカードを切る。そのうちのひとり、ジョナサン・ウィリアムズが小気味良いドリブルで、悩めるウェールズに活気を呼び込んだ。
決勝点のオウンゴールは、やはりこの男、ベイルの鋭いクロスから生まれたが、積極的に勝負を決めにいった指揮官の采配が、ベスト8進出を呼び込んだと言っていい。
ウェールズの美しい冒険は続く。
7月1日、リールで「レッドドラゴン」が戦うのは、ハンガリーか、それともベルギーか。それはまだ分からないが、下馬評通りにベルギーが勝ち上がってきたら、ウェールズはまた本来の「アンダードッグ」に戻ることができるだろう。
現地取材・文:熊崎 敬
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