昨年12月29日、“サッカーの王様”と呼ばれたブラジルのペレ氏の訃報が地球上を駆け巡った（享年82）。

　カタールで開かれていたFIFAワールドカップ期間中に再入院が伝えられたが、SNSで前向きに治療を受けていることを発信。同18日に大会が終了するのを待って、安らかな眠りについたのだろう。ワールドカップで唯一、三度の優勝を経験し、大会が現在のような規模に発展する上で多大な功績を残した“キング”ならではの最後と言えるかもしれない。

　そのペレ氏が、世界的な名声を不動のものとしたのが、1970年にメキシコで開催されたワールドカップ。53年前の6月21日は、ブラジルが3度目の世界王座に上り詰めた決勝開催の日だった。決戦の舞台、首都のメキシコシティーにあるアステカ・スタジアムは、10万人を超える観客で膨れ上がった。

　この試合にはタイトルの行方と共に、もうひとつの栄誉も懸かっていた。

　1930年の第1回大会以来、優勝国・地域に授与されてきたジュール・リメ杯を永久に保持する権利だ。ワールドカップ創設に尽力した第3代国際サッカー連盟（FIFA）会長の名を冠したカップは、最初に3度優勝した国・地域のものになることが決まっていた。ブラジルは1958、1962年、決勝の相手であるイタリアは1934、1938年のそれぞれ連覇で、女神像をデザインしたカップ獲得に王手をかけていた。

　下馬評ではブラジル有利。グループステージから準決勝まで5戦全勝で勝ち上がり、15得点を挙げた攻撃サッカーが冴え渡っていた。一方、同ステージを1勝2分け、得点わずか1で突破したイタリアも、準々決勝で地元メキシコに4－1と快勝し、準決勝では延長戦の末に西ドイツとの歴史に残る激闘を4－3で制し、調子を上げていた。
 

　そのイタリアは試合開始直後、エースのルイジ・リバが自慢の左足で鋭いミドルシュートを放ち、不安視されていたブラジルのGKフェリックスがこん身のセーブで防ぐという、いきなりの見せ場。ペレをはじめとしてジャイルジーニョ、トスタン、リベリーノ、ジェルソンと攻撃陣がタレント揃いのブラジルは、その技術力を活かして相手ゴールに迫った。

　そして18分、ペレが千両役者ぶりを発揮する。左サイドからリベリーノが上げた高いクロスを、しなやかなバネを利したヘディングで叩きつけ、ゴールネットを揺らした。この先制点は、ワールドカップにおけるブラジルの通算100点目というメモリアルゴールともなった。だが、イタリアもひるまない。37分にはブラジルの軽率なミスを逃さなかったロベルト・ボニンセーニャが決め、1－1でハーフタイムを迎えた。

　後半もブラジルの攻勢が続き、66分にリードを回復する。司令塔のジェルソンが、得意の左足でゴール右隅に突き刺した。さらにその5分後、ジェルソンのクロスをペレが頭で落とし、走り込んだジャイルジーニョが押し込み2点差。彼は初戦からの6試合全てでゴールを記録し、得点王となったゲルト・ミュラー（西ドイツ）の10点に次ぐ7点をマークした。

　勝利を確信したのだろうか。「試合が終わってないのに、嬉し泣きしていたよ」とトスタン。試合終了4分前には、フィナーレを飾るにふさわしいシーンが待っていた。自陣からつながれたボールが相手ペナルティーエリア前でペレに届き、十分にタメを作った王様が右へ軽く流すと、猛然と駆け上がってきたキャプテンのカルロス・アウベルトの右足シュートは、矢のようにゴール左隅に突き刺さった。