35歳になった細貝が出した答えとは――
18年当時、柏は下平隆宏監督のもと、アカデミーの教え子たち中心でメンバーを編成。前年リーグ4位の余勢を駆って、ACLでも戦ったが、チームは失速、低迷。ちょうど話を聞いた直後の5月中旬に監督を交代。それでも潮目が変わることはなかった。
細貝は試合に出られない分、チームを鼓舞したが、最終的にJ2に降格。チームも細貝自身にも失意のシーズンとなった。
翌19年、タイリーグに移籍。自身の体調不良やコロナウイルスの影響など、浮沈を味わいながら2年半の戦いに区切りをつけ、ふるさとのクラブ、群馬への加入を決めた。
「乗り越えられない壁はなかった」
日立台のベンチで語った、あの言葉は当時と変わらぬものなのか、それとも違う考え方になったのか。
細貝はひと呼吸置き、こう返した。
「ひとりの人間として、いくつもの大きな壁はありました。ここ群馬に来ても壁を感じることはあると思います。それにこれまで『これはもう終わったな』と思ったことは何度もありました。でも乗り越えて、ここまで来ました。だから必ず壁は乗り越えられる。チーム、スタッフ、そして家族、みんなの力で乗り越えたい」
ひとりではなく、みんなの力を借りて乗り越えたい。これが35歳になった細貝萌が導き出した答えだ。
取材・文●佐藤亮太(レッズプレス!!)
翌19年、タイリーグに移籍。自身の体調不良やコロナウイルスの影響など、浮沈を味わいながら2年半の戦いに区切りをつけ、ふるさとのクラブ、群馬への加入を決めた。
「乗り越えられない壁はなかった」
日立台のベンチで語った、あの言葉は当時と変わらぬものなのか、それとも違う考え方になったのか。
細貝はひと呼吸置き、こう返した。
「ひとりの人間として、いくつもの大きな壁はありました。ここ群馬に来ても壁を感じることはあると思います。それにこれまで『これはもう終わったな』と思ったことは何度もありました。でも乗り越えて、ここまで来ました。だから必ず壁は乗り越えられる。チーム、スタッフ、そして家族、みんなの力で乗り越えたい」
ひとりではなく、みんなの力を借りて乗り越えたい。これが35歳になった細貝萌が導き出した答えだ。
取材・文●佐藤亮太(レッズプレス!!)